悪名一番勝負
座頭市はTVシリーズ(今でもBSで再放送しているの)を
以前此のサイトで紹介したが
勝新が茹で卵の様な二枚目で”八尾の朝吉”を演じた悪名は
やはりシリーズ化され、全部で16作品ほどあり中には佳作も多い。
此の「悪名一番勝負」はシリーズ最後の作品。
というのもモートルの貞役の田宮二郎が大映を退社してしまった
いや正確に言うと社長の永田雅一に解雇されたというのが正しい。
その辺りの事情はともかく
此の映画は勝新に田宮のコンビでヒットしたものだから
シリーズ前半で田宮が殺されても弟という設定で
コンビを復活させたりしたが、田宮無しでは続けられなくなった。
それで勝新だけで何とか出来ないか?と呼ばれたのが
東映ヤクザ映画の祖・マキノ雅弘
高倉健や藤純子をスターにした大監督だ。
私が大学時代、脚本家の石堂淑郎の映像の授業で
当時のヤクザ映画の”構造と分析”に最初に登場した監督だ。
その起用に見事に答え
それまでのマンネリ化した此のシリーズとは
うってかわり勝新が切れの良い芝居をしている。
話は朝吉が転がり込んだ人の良い住民が住む長屋を
振興ヤクザと悪徳業者が乗っ取り、取り壊すというのに
対抗し朝吉が孤軍奮闘するというものだ。
我慢に我慢を重ねたあげく身内を殺され
堪忍袋の尾が切れる
此のパターンは高倉健の「昭和残侠伝」シリーズと同じだが
映画の面白さを知り尽くしたマキノの手にかかると
そのキャスティングから素晴らしく
まずヒロインに江波杏子。
後に女賭博師で1本立ちする彼女の様子が美しい。
それに、おきゃんな安田道代(今は大楠道代)の瑞々しさ
この女二人が男の世界(ヤクザ)に翻弄されながらも
健気に生きて行く女をしっかり演じている。
そして芸達者な脇役たち
田村高広、金子信雄、辰巳柳太郎、山本學
そして更に巧いのが悪役
河津清三郎、水島道太郎、石山健二郎、内田朝雄が憎たらしい。
こうして名前を挙げると当時の俳優達の何と魅力の有った事。
脇役であれ悪役であれ、それぞれ人間味が滲み出ているのだ。
それらを自由に操りエモーションを高めて行くマキノの技量。
此の時、マキノ雅弘は幾つだったのだろう?
1993年に亡くなるまで261本もの作品を作り
老練で緻密な画面展開は少しも、その高齢を感じさせない。
当時の機関車をセットに登場させる大胆なアングル。
確かマキノの甥にあたる、まだ若かった津川雅彦を長屋の屋根に乗せた
大ロングの画面はオペラの舞台空間すら思わせる。
それに音楽・鏑木創は日本映画界では伊福部昭の裏に隠れているが
伊福部より斬新な音色で、あの時代を表現しており
その才能をもっと評価されてしかるべきだろう。
作品の完成度は高いが、朝吉の最後の殴り込みは
既に飽きられて来た東映のヤクザ映画とほぼ同じで、
思うほど観客動員が出来なかったのだろう
勝新の単独出演の「悪名」は最初で最後。
五年後に田宮の代わりに北大路欣也を迎え増村保造がリメイクした
「悪名縄張(しま)荒らし」で、安全に幕を下ろした。