UDJ's WORLD
2026年7月8日水曜日
令和のTVドラマ
「松本清張特別企画わるいやつら」2001年版:松原慎吾監督作品
此の原作は人気があるのか度々映像化されている。
清張ものが得意な野村芳太郎は歌舞伎の片岡孝夫主演で映画化
私の観たのは此の豊川悦司(2001)と船越英一郎版(2014)
船越英一郎版は彼のキャラが善人♪ヤハタ〜だから
原作の”ピカレスク=悪人”に成り切れず、芸達者な室井滋に
操られた可哀想な男として演じたから中途半端で面白くなかった。
しかし豊川悦司版は彼が脂の乗り切った頃に演じているので
周りの女が次々と彼の欲望の餌食されていくのが無理なく観れた。
彼はアングラ劇団・赤テントこと状況劇場出身。
私が生で観て居た頃には未だ主役は根津甚八が演じていて
彼の芝居を私は残念ながら観て居ない。
此の原作は人の命を助けるはずの医師が、
金目当てに女を利用し、次々にその立場を利用し
毒薬を盛り、死亡診断書も書くという正に”ピカレスク=悪人”
それに相応しい”妖艶さ”が此の頃の豊川悦司には有り
院内の白い白衣と、私用の黒尽くめにサングラスの
コントラストが実に良く効いていた。
私が目を見張ったのはクラブのママ(十朱幸代)を口説くのに
カウンターを跨いで近づくシーン。
正に普段なら有り得ない動きだが豊川悦司は、その長い足で
スタイリッシュにやってのけた・・・というか赤テントの芝居の様に。
彼の親友の弁護士役を内藤剛志が演じて、2人は”太陽がいっぱい”の
アラン・ドランとモーリス・ロネの様で怪しいのだが・・・
意外なオチは原作にあるのか、脚色の田中晶子が考えたか
とにかく彼に弄ばれる女たちは藤真利子、十朱幸代、萬田久子と華やか
最後までスリリングで面白かった。
2026年7月7日火曜日
マカロニ・ウエスタン総括
ハリウッドの大作70mm映画
(「ベン・ハー」「クレオパトラ」)が
イタリア・ロケで製作された。
それらに参加したのが助監督時代のセルジオ・レオーネ。
「バン・ハー」の戦車レース場面は俺が撮ったと言ってるそうな。
とにかくハリウッド映画作りのスケールを現場で体験していた。
それらに参加したのが助監督時代のセルジオ・レオーネ。
「バン・ハー」の戦車レース場面は俺が撮ったと言ってるそうな。
とにかくハリウッド映画作りのスケールを現場で体験していた。
そして恐らく残して行った、それらのセットや
美術、衣装の使い回しだったのだろう
スティーブ・リーブスという筋肉マン主演の
イタリア製・ローマ歴史物が沢山作られ、それも監督していた。
それらは”Sword &Sandal=劍とサンダル”映画
というジャンル名で呼ばれ、そこそこ人気が有った。
それらは”Sword &Sandal=劍とサンダル”映画
というジャンル名で呼ばれ、そこそこ人気が有った。
まあ、ハリウッドより近いというか、ロケはローマで現場だし
役者も本物のイタリア人で人件費も安かった。
しかし、それらも連作すると飽きられたので、
「よし次は西部劇だ!」とプロデューサーが考えたか?
「よし次は西部劇だ!」とプロデューサーが考えたか?
今度は西部劇をイタリア製を隠して米国製として公開した。
映画の基本、シナリオを日本の黒澤明の「用心棒」から盗作
(此れは後に訴えた日本側に版権を払ったらしい)
映画の基本、シナリオを日本の黒澤明の「用心棒」から盗作
(此れは後に訴えた日本側に版権を払ったらしい)
此の映画が当時、若い監督レオーネの大胆な演出と
作曲家エンニオ・モリコーネの才能も有って
リメイクとは思えない面白い作品と成り世界中で大ヒット!
リメイクとは思えない面白い作品と成り世界中で大ヒット!
では、それに続けと後から後へと製作され
とにかく”マカロニ・ウエスタン”は
1965~70年にかけて、たった5年の間に
総数約500本も作られたのである。
総数約500本も作られたのである。
役者はイーストウッドを度々米国から呼んでは
高くつくので何とか国産?で間に合わせようと
高くつくので何とか国産?で間に合わせようと
ジュリアーノ・ジェンマに
フランコ・ネロ、ジャン・マリアボロンテそしてフランスから
ジャン=ルイ・トランティニアン
そしてドイツからクラウス・キンスキー
果ては遠い日本から仲代達矢まで呼び寄せ
(まあ、此れは元祖「用心棒」に敬意を表したか)
とにかく百花繚乱と”マカロニ”は作り続けられたのである。
そして何故か”マカロニ”は、西部劇の背景に多いはずの
ユタ州やアリゾナ州のモニュメント・バレー・ロケが無い。
無いはずである、殆どがスペイン・マドリッド郊外の
西部劇用・映画村で撮られていたからである。
そして何故か”マカロニ”は、西部劇の背景に多いはずの
ユタ州やアリゾナ州のモニュメント・バレー・ロケが無い。
無いはずである、殆どがスペイン・マドリッド郊外の
西部劇用・映画村で撮られていたからである。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/22/012100006/
(此処は今、日光江戸村の様な観光地に成っているらしい)
すべて人件費のコスト・パフォーマンスだったのだ。
だから当然「荒野の用心棒」以来スペイン人と同じ顔の
メキシコ人が出て、舞台もメキシコに成っていた訳だ。
悪役にスペイン俳優のフェルナンド・サンチョや
フェルナンド・レイが良く出ていたのも、その理由に因る。
イタリア人、米国人、スペイン人入り乱れて
実にインターナショナルなロケ現場だったのだ。
(此処は今、日光江戸村の様な観光地に成っているらしい)
すべて人件費のコスト・パフォーマンスだったのだ。
だから当然「荒野の用心棒」以来スペイン人と同じ顔の
メキシコ人が出て、舞台もメキシコに成っていた訳だ。
悪役にスペイン俳優のフェルナンド・サンチョや
フェルナンド・レイが良く出ていたのも、その理由に因る。
イタリア人、米国人、スペイン人入り乱れて
実にインターナショナルなロケ現場だったのだ。
しかし70年代に入ると流石に、その勢いは衰え
観客も似た様なストーリーに飽きて来て
客足が途絶えて、いつしか製作されなく成った。
此れ等の作品、本当の題名は、
「荒野の用心棒」A Fistful of Dollars「一握りのドルのために」
「夕陽のガンマン」For a Few Dollars More「もう数ドルのために」
「夕陽の用心棒」A Pistol for Ringo「リンゴの拳銃」等と
それぞれ凝ったものだったが
日本の配給会社が”ヤナギの下の泥鰌”を狙って
東和は「用心棒」、ユナイトは「ガンマン」、
ヘラルドは「無頼」、松竹は「一匹狼」と
いつも紛らわしい安易な題名を付けたので観る方も
前に観たのか新作か判らなく成ってしまった。
それも衰退を早めた要因かも知れない。
それでも、それらの蒔いた種は日本の時代劇に
「木枯らし紋次郎」や「子連れ狼」を生み
音楽ではモリコーネのパクリの「必殺シリーズ」等
多くの影響を与えたのである。
もう1つ、アメリカ西部劇のコピーと云えば
フランス製ウエスタン
「太陽は傷だらけ」(1963) をあげたい。
ロジェ・ヴァディム作品に良く出ていた
奥く目のロベール・オッセン主演で、同じ俳優の
クリスチャン・マルカンがメガホンを撮ったもの。
フランスの荒野ならぬ、片田舎を舞台に
ハミ出し者のギャンブラーが、放浪する物語は
ハミ出し者のギャンブラーが、放浪する物語は
まさに”マカロニ・ウエスタン”の先駆けだった。
フレンチだから”オムレツ・ウエスタン”か?
ヒロインのアヌーク・エーメが色っぽかった。
此の「太陽・・・」の設定
”ギターを抱えた渡り鳥”と云うと
此の「太陽・・・」の設定
”ギターを抱えた渡り鳥”と云うと
日本の日活の小林旭に成ってしまうが
”渡り鳥シリーズ”は”マカロニ”より、ずっと前だ
(「ギターを持った渡り鳥」1959 ~「渡り鳥故郷に帰る」1962)
続けて宍戸錠・主演で「早撃ち野郎」(1961)なんかは
ジャック・パランスを真似た黒づくめの衣装。
私も少年の日、「シェーン」のアラン・ラッドが何秒、
ジャック・パランスが何秒と早撃ちのスピードを
覚えていたものだ。
私も少年の日、「シェーン」のアラン・ラッドが何秒、
ジャック・パランスが何秒と早撃ちのスピードを
覚えていたものだ。
東映では流石に西部劇に日本の風景は合わないと
オーストラリア・ロケで高倉健が「荒野の渡世人」(1968)
健さん、格好は良かったが如何にせん脚本に無理が。
健さん、格好は良かったが如何にせん脚本に無理が。
何処の国でも、みんな西部劇ごっこは好きだったんだね。
そして此れは蛇足だが
もし黒澤明が一連のジョン・フォード作品を始め
アメリカ西部劇に憧れていなかったら
そのプロットを借りた「用心棒」は撮らなかったろう。
流石に”クロサワ”だから、外人にチョンマゲを結わせる様な
テンガロン・ハットは三船敏郎に被らせなかったが
ピストルにマフラーの仲代達矢は出した。
だから、もし黒澤明の「用心棒」が無かったら
セルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」はヒットしなかったし
”マカロニ・ウエスタン”も出てこなかったという事。
此れは私の仮想だが
もし勝新太郎と黒澤明が「影武者」で喧嘩していなければ
「座頭市」をアメリカに持ち込んで
西部劇「荒野の座頭市」として撮っていたかも?
いや、日本人と”転び伴天連”のハーフ「眠狂四郎」を
モンゴロイドの血が混じるキアヌ・リーブあたりで
西部劇「眠狂四郎、海を渡る」等のタイトルで
作っていたか?等と
私の西部劇ごっこはキリが無い
の・・・というワケで”マカロニ・ウエスタン”の総括終わり。
そして此れは蛇足だが
もし黒澤明が一連のジョン・フォード作品を始め
アメリカ西部劇に憧れていなかったら
そのプロットを借りた「用心棒」は撮らなかったろう。
流石に”クロサワ”だから、外人にチョンマゲを結わせる様な
テンガロン・ハットは三船敏郎に被らせなかったが
ピストルにマフラーの仲代達矢は出した。
だから、もし黒澤明の「用心棒」が無かったら
セルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」はヒットしなかったし
”マカロニ・ウエスタン”も出てこなかったという事。
此れは私の仮想だが
もし勝新太郎と黒澤明が「影武者」で喧嘩していなければ
「座頭市」をアメリカに持ち込んで
西部劇「荒野の座頭市」として撮っていたかも?
いや、日本人と”転び伴天連”のハーフ「眠狂四郎」を
モンゴロイドの血が混じるキアヌ・リーブあたりで
西部劇「眠狂四郎、海を渡る」等のタイトルで
作っていたか?等と
私の西部劇ごっこはキリが無い
の・・・というワケで”マカロニ・ウエスタン”の総括終わり。
(2018年1月11日の原稿を再出)
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