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2026年7月23日木曜日


二代目中村又五郎(1914~2009)
関西歌舞伎の中村鴈治郎は舞台以外に
市川崑監督作品などで重要な役を演じた名優であるが
同じ中村でも此の又五郎は顔は見覚えはあるものの
歌舞伎以外でちゃんとした役の芝居いや演技を観た記憶が無かった。
ご存じのように歌舞伎は立ち役者以外はほとんど動きなく背景と化す。
彼の演技を「鬼平犯科帳・寒月六間堀」で観て
その芝居の確かさに舌を巻いたと言っては失礼だろう。
なにしろ彼は芸術祭賞、紫綬褒賞に輝き、
なんと無形文化財・人間国宝だったのだから。
それで私が観た”鬼平”の彼の役だが
息子の仇を追って24年もの間、探している71歳の父親。
相手はその後、旗本相手の金貸しとなり、
用心棒達を引き連れて、隙を見せない。
話を聞いた鬼平はみかねて助太刀を申し出る。
此の当時、中村又五郎は80歳を超えていたはず
そのヨボヨボした演技は本物(笑)
いや笑ってはいけない、その凛とした老武士の風格に
哀れさは微塵もなく矍鑠たるもの。
決闘に及んで、彼が死装束と身支度を整える場面のもあり
それを手伝った料亭・小鉄の女中との別れなど涙を誘う。
池波正太郎の原作にも有るのか、殺された息子には許嫁がいて、
それが仇の男と逃げて、花魁になり、何と仇の男を支援していたと。
その複雑な男女関係は鬼平をして
”男と男の間に女が入り、ややこしい事に・・・”
此の難しい役を中村久美が哀しく演じた。
監督・三村晴彦(1962~2008)代表作「天城越え」
の演出力は歌舞伎役者を使いながら
芝居は現代にも通じるリアルさ。
今観ても色褪せない時代劇の名作の再放映は、ありがたい。

メッセージは此方まで





2026年7月4日土曜日

恐らく此の写真を見せても誰だか分かる人は今はそんなに居まい。
そう、若い頃の岸田今日子。
凄〜い美人とは言い難いが、個性的な顔立ちで
「砂の女」(1964)では岡田英次を虜にする正に”砂の女”を演じた。
丁度、その頃だったかTVドラマ「男嫌い」で
越路吹雪、淡路恵子と横山道代の間の4姉妹の3女役で
”かもね〜””かもよ〜”の流行語を生んだのは。
とにかく独特の節回しは”大奥”では・・・のモノマネ大流行。
正に怪優いや怪女優と言われた。
劇作家・岸田国士の娘という生い立ちから
その出演作は日本映画名作と言われる作品がずらり
そのエピソード等を書き出したらキリが無いので
今日は、この辺りで辞めるが。
何故、今、岸田今日子か?と言うのは
此のところBSフジで「TV座頭市物語」の後に再放映している
「御家人斬九郎」で主役・渡辺謙の母親役にとして登場
無役の息子に稼いで来いと葉ハッパを掛けては
やっと彼が稼いで来た、その金で料亭から御馳走を取る
食いしん坊な母親を楽しそうに演じて居る。
そして、ぐうたら息子の渡辺謙を薙刀で追いかけ回す。
彼女は松平家に名を連ねる名門の出で
なんと蘭学(オランダ語)を解読出来るインテリ。
それが意地汚く腹が減ったとしょっ中ボヤいてばかり。
彼女の下男には懐かしい”隠密剣士”の牧冬吉。
ネッ観たくなるでしょ!
時代考証が西岡善信だから、やたらセットが凝っていて
脚本も、これまで金子成人、野上龍雄、安倍敏郎と面白い。
監督は座頭市と同じ田中徳三、井上昭、池広一夫の大映組に
蔵原惟繕、舛田利雄、舛田利雄、原田直人と劇場用並み。

樹木希林や市原悦子と個性的な女優が居なくなって寂しい。

菅井きん(1926~2018)
彼女がどうして私の電話番号を知ったのかは
分からないが、だいぶ前だが突然かかってきて
”カントクさん私の番組に出てくれませんか?”
テレビのバラエティで”ナイスミディパス”のCMの
撮影時の事を話して貰いたいんです。
たまたま、その時はロケで日本に居ない時だったので
丁重にお断りしたが
その後も、井の頭線に乗った時、奥の方から
目つきの悪い婆さんがジッと私を見てると思ったら
寄ってきて、”やっぱりカントクさんだ!”と菅井さん
”ワタシ今度手術するんですよ
体に刃物を入れるのが怖くて怖くて”と。
”ナイスミディパス”は足掛け3年続いて
彼女だけでなくて泉ピン子さん野際陽子さんと
30代、40代、50代女性3人のトリオ。
その頃は、まだ国鉄だった今のJRのキャンペーン。
此の凄まじい?ポスターが受けて成功した。
彼女は日本映画史で名だたる監督に愛された名女優。
黒沢映画には「生きる」で役所に陳情にくる下町おばさん
「ゴジラ」には女性代議士。川島雄三の「幕末太陽伝」
今村昌平の「豚と軍艦」先日の「天国と地獄」では
阿片窟の中毒患者までやっていた。
とにかく日本に居なくなっちゃった昭和初期の女性
電車なんか通ってない山奥の畑を耕して居る感じ
貴重な存在だった。
先に”必殺”で藤田まこと主水の婿殿いびり役から
”ナイスミディパス”で
ブレイクして3人でTVドラマまで制作された。
晩年、伊丹十三監督の「お葬式」で
第8回日本アカデミー助演女優賞
82歳の時「ぼくのおばあちゃん」で映画初主演を果たし
世界最高齢主演女優としてギネスに申請し承認された。


2026年4月19日日曜日

アルバート・フィニー(1936~2019)
アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールとは
王立演劇学校で同期生。
彼より先にイギリスの”怒れる若者たち”映画
「土曜の夜と日曜の朝」でブレイクし
「トムジョーンズの華麗な冒険」で数々の賞に輝き
オードリー・ヘプバーンとは「いつも2人で」ロマンチックコメディ。
私生活では「男と女」のアヌーク・エイメと結婚離婚し、また再婚と
オールスター競演の「オリエント急行殺人事件」では名探偵ポアロを演じ
「ドレッサー」でトム・コートネイを相手に堂々たる貫禄を示し
続く「火山のもとで」ではアル中の元メキシコ大使役で
その監督ジョン・ヒューストンが乗り移ったかの様な演技。
(此の映画を観てない人は必見!)
しばらく顔を観てないなあと思ったら
先日、見直した「ボーン・レガシー」と「007スカイホール」で
遺作になった名演技を見せていた。
やっぱり英国には凄い役者が居るなあ・・・。







 

2025年10月30日木曜日

エリッヒ・フォン・シュトロハイム(1885~1957)
ビリー・ワイルダー監督「ハリウッド大通り」で
主演のグロリア・スワンソンの執事役を演じた此の俳優の
存在が気になって調べたら
実は元はビリー・ワイルダーと同じ監督。
表情を変えず不気味な存在で、ラストに
”私は彼女を育てた監督にして最初の夫だった”と告白する。
なんて事はない脚本のビリー・ワイルダーが彼のキャリアを
まんま”登場させたわけである。
ハリウッドに亡命した同じユダヤ系オーストリア人

映画史に名を残す「國民の創生」「イントラレンス」等で
D.W.グリフィスの助監督を務め、
「アルプス颪(おろし)」の監督主演し
その風貌から冷酷非情な役を得意としたという。
監督としても完全主義で会社と度々衝突し
ユニバーサルからMGMへと移籍
既にサイレント映画の大女優であったグロリア・スワンソンの
主演で「クイーン・ケリー」を撮るも途中で製作も兼ねていた
彼女と衝突、完成しなかった。
此れを機に監督業を廃業、俳優に専念

ビリー・ワイルダーとは戦争映画「熱砂の秘密」に続く起用だったと言うか
此の時に「ハリウッド大通り」の構想を煉っていたか?
ジャン・ルノアールのフランス映画史に残る名作「大いなる幻影」でも
ジャン・ギャバン相手にドイツ将校役を見事に演じている。


2025年10月19日日曜日

 


フリーダ・カーロ】について #3
フリーダの人生に大きな影響を与えたのは
肉体的にダメージを与えた病気と大きな事故の苦痛であるが
それを克服しようとする彼女に精神的な苦痛を与えたのが
フリーダの最初の夫であるメキシコはグアナファト生まれの
画家のディエゴ・リベラ。
21歳で奨学金を得てスペインやフランスで絵画を学び
パリはモンパルナスに住みモジリアーニ等と交友を深め
その一方で漁色家として女性画家達との間に
認知しない子供達を作っている。
そんな過去を知らないフリーダがメキシコ共産主義の会で出会い
彼に夢中になり結婚したのは当然の成り行きだったろう。
同じメキシコ共産主義の画家シケイロスと共に民衆のための
壁画運動は世界的なブームとなり
米国のロックフェラーセンターにも壁画を依頼されている。
しかしリベロの女癖の悪さは変わらず不倫を続け、遂には
フリーダの実の妹にまで手を出したのは我慢が出来ず離婚。
それでも1年後に復縁、その後は彼女が亡くなる1954年まで
夫婦であり続けた。
その不思議な関係は他人は理解できないがフリーダとリベラ
お互いの才能と思想は性を超えて認め合ったと言う事だろう。
まあリベラはフリーダが亡くなった翌年、
直ぐ別の女性と再婚しているが・・・。


2025年10月17日金曜日

【フリーダ・カーロ】について(1907~1954)その2
1925年、フリーダの肉体をバス事故という2度目の受難が襲う。
生死の境を彷徨う重症で又もや3ヶ月もベッドの上の生活を余儀なくされる。
その後遺症で背中と右足の痛みを紛らわせるためにフリーダは
更に絵画に没頭し作品を増やして行く。
通常の生活に戻れるようになると知識人や芸術家と付き合い
メキシコ共産党に入党する。
そこでディエゴ・リベラに絵を見せたところ彼は彼女の作品を絶賛し
二人の距離は縮まり芸儒家同士の深い絆で結ばれ21歳の歳の差にも
関わらず結婚。
フリーダは身体的ハンデを負いながらも美貌に恵まれいたので
巨漢のリベラに、ひとは彼等を”美女と野獣”と噂したという。
リベラはキュビズムの影響を受けたメキシコ民族画家として売れに売れ
本国や米国の建物の壁画を依頼され国内外を旅する様になる。
その間にフリーダは妊娠するも事故の後遺症で流産し、それらの
苦しみを作品として残す。
更に夫リベラがフリーダの妹と不倫し、彼女との関係は破局する。
しかしフリーダも米国滞在中、女性写真家ジョージア・オキーフとの
同性愛が知られている。
彼女は共産主義者であったから当時、ロシアを追われたトロッキー夫妻を
メキシコの自宅に住まわせたが、その間にもトロッキーと不倫関係という
奔放な女性であった。
まさに歴史上の重要人物と肉体で会話し又それを情熱的な色彩や
構図で作品に落とし込むという類稀な芸術家であった訳である。

2025年10月16日木曜日

 


フリーダ・カーロ(1907~1954)
本名は、やたら長く
マクダレーナ・カルメン・フリーダ・カーロ・イ・カルデロン
父はギリエルモ。ハンガリー系ユダヤ人の写真家、母はメキシコ系
ナチスの台頭でユダヤ人弾圧に家族はメキシコへ移住
メキシコで最初の公式写真家として認められるも
今度はメキシコ革命で父親の仕事は無くなり生活は困窮する。
その間にフリーダは6歳で急性灰白髄炎にかかり
9ヶ月の間、寝たきりの生活を余儀なくされる。
この影響で体の部分の成長が止まり足が不自由になる。
そして父が与えた画材で絵を描く様になり
彼女の天性の才能からか独自の世界を表現する様になる。
それは時代的な流行シュールリアリスムの影響もあり
彼女自身をモチーフとすることによって
メキシコの土着的なネィティブ・アートを背景に
彼女の死生観までを描いた特異なジャンルの作品となった。
一方、学んだ国立予科高等学校で
”カチュチャス”というメキシコ社会主義運動に熱中
それが彼女の、その後の人脈にも関わってくる。

彼女の名前と同じで話は長くなるので、取り敢えず前半はここまで

 


2025年6月19日木曜日

水原弘 (1935~1978)
"キネマ通り”の「悪名波止場」に出て来た彼は大好きな歌手だった。
デビューして直ぐのレコード大賞の「黒い花びら」や
柳の下の「黒い落葉」に「黒い貝殻」を私は今でも歌える。
流石に映画化された「黒い三度笠」は歌えないが・・・。
それは兎も角、彼は波瀾万丈の生き方をして居た。
血を吐いて亡くなるまでの42(厄年だな)年間。
酒と博打に明け暮れ博大な借金返済のため
レコード大賞歌手のプライドも捨て
地方キャバレーのドサ回りまでするしか無かったという
その才能に惚れた周りの者たちが彼にカムバックの機会を与え
「君こそ我が命」や盟友・勝新太郎の台詞の入った「ど根性一代」と
何とか立ち直らせようと試みたが、遂にその放蕩癖は治らなかった。
今は、地方都市の道路脇のホーローの看板のみが
彼のスターだった頃(昭和)の名残を留めている。



 

2025年5月31日土曜日

市原悦子(1936~2019)
此のコーナーでは先に俳優座の先輩・野村昭子を出したが
此の二人、「家政婦は見た」では良く喧嘩をしていたが
住んでいた所が近くて実際には仲がよかったらしい。
私が最初に観たのは紀伊國屋ホールの演劇「トロイアの女」(1974)
およそギリシャ悲劇とは程遠いキャラクターだったが
彼女の少女の様な声に魅せられた。
そう彼女は芝居の国から芝居を見せに来たような女優だった。
身体の小ささもあって声は可愛いが、芝居が大きい!
だから見方によっては臭くもなるのだが
写真の「家政婦は見た」の彼女は所謂、当たり役。
大沢家政婦紹介所から派遣された家政婦として
上流階級の家庭に入り込み、その裏の悪事や情事を覗き
終いにはその家を破滅に追い込むシリーズは
1983年から2008年まで四半世紀続く長寿番組となった。
つい先日は当時の受験生を食い物にする”大型予備校”を
経営する家族とそれを乗っ取ろうとする者たちを描いた。
そこで市原悦子の役は、幼馴染の弱小予備校の経営者(前田吟)に恋をして、
大型予備校の情報を盗むと言う犯罪者のような綱渡りをするのだ。
その恋をする家政婦の”けなげさ”が市原悦子にかかると
♪アンコ椿は〜と何とも可愛らしく思えて・・・
まあ此の話、落ちはあるのだが、それはさて置き
例によってラストは会長・野村昭子もろとも階段から
派手に落ち大怪我。傷だらけに包帯を巻いて
家政婦は今日も大邸宅の門から顔を出し
「ごめんくださいまし〜大沢家政婦紹介所から参りました〜」





2025年5月10日土曜日


野村昭子(1927~1922)
TVドラマ「家政婦は見た」で大沢家政婦紹介所の会長役
人が良さそうに見えて結構”人間臭く”主役の市原悦子とも
よく言い争いをするが、それでいて憎めないのは彼女の人間性か?
医療器具の卸しを営む裕福な家に生まれ
今の東京薬科大学を出て薬剤師の免許もあり東大医学部病院に
努めていたが演劇に興味を持ち、女優になりたいと父親に言ったら
”鏡の前で10分自分の顔を見ていろ!”と言われたが
10分経っても気持ちは変わらず、そのまま俳優座の門を叩いた。
とにかく何処までが芝居か素か分からない自然体。
かなり前だが私が彼女にナレーションをお願いした時も
正に”野村昭子”
こんな人が近所にいたら楽しいだろうなと思ったものだ。
あの菅井きんさんの様に映画やTVと活躍していたが
晩年、長い間連れ添った夫を亡くし彼女は一人暮らし。
それでも、近所の人とも付き合いが良く
近所の人の”近頃、野村さんを見かけ無いわね”で
警察に相談、ドアを開けたら彼女は熱中症で死んでいた。
多分、彼女は薬剤師だから健康にはに自信があったと思われるが
年齢が年齢(95歳)老衰かも知れない。
今、BSなどで再放映している彼女を観るたび
スタジオブースから
”カントクさ〜ん、こんな感じで如何でしょう?”と言う
少女の様に人懐こいオバさんのカン高い声を思い出す。



 

2025年5月5日月曜日

マイケル・チミノ(1939~2016)
だいぶ前から気になっていた彼の遺作「心の指紋」をやっと観れた。
イタリア系アメリカ人監督としてCMで実力は評価されていたものの
彼のデビューはクリント・イーストウッド とジェフ・ブリッジス共演の
ギャング映画「サンダーボルト」
世代の違う男二人のロード・ムービーは出来が良く、今でも好きな映画だ。
その後デ・ニーロ主演「ディアハンター」でオスカー監督賞を得て
その勢いで史上空前の大作「天国の門」で興行的に失敗し、
制作会社を倒産させハリウッドから追放された。
それをイタリアのプロデューサーのディノ・ラウンティスが
ミッキー・ロークとジョン・ローンの「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」で
復活させ、大ヒットして名誉回復。
その後「シシリアン」「逃亡者」を撮り
此の「心の指紋」で終わった・・・というか燃え尽きた。

その映画の主人公(ウディ・ハレルソン)は
セレブの医者そして患者は貧民窟出身の16歳の
義理の父親殺しの凶悪犯(ジョン・セダ)
その少年はステージ4の末期癌であった。
病院から医者は少年に誘拐され
LAからアリゾナへ逃避行ドライブとなる。
少年はナバホ・インディアンのハーフ。
ルーツとなるナバホの故郷に自分の命を助ける
”聖なる山と湖”が 在ると信じている。
途中、ヒッピーの成れの果てみたいな
老女(アン・バンクラフト怪演)と出会い
初めは、現代医学と掛け離れた虚言と
馬鹿にしていた医者も
何とか彼の命を救いたいと、その 聖地へ向かう。
大西部を横切るロードムービーは
途中、保守的なバイク乗り集団やゴスペル教会と
”イージーライダー”並みの 展開を見せ
指名手配となった二人はヘリの追跡をかわし
”聖なる山と湖”へと向かう・・・といった具合に
サスペンス満載。
小さい頃、兄を安楽死させた主人公の医者のトタウマを
フラッシュバックさせた謎解きも有りラストへ。
享年77歳、その死因は定かで無いが
思えば、監督マイケル・チミノは「サンダーボルト」と
此の「心の指紋」で彼の心は完結したのでは無いか?



 

2025年5月3日土曜日

マーロン・ブランド(1924~2004)
NHKの”ファミリーストーリィー・佐藤浩市”を観て
彼の父親・三国連太郎の人生というか女性遍歴は凄いなあと思ったが、
もっと滅茶苦茶な奴がアメリカに居た。
出演した作品は何も当時の社会状況を反映した話題作 ばかり
それを挙げたら枚挙にいとまが無いから割愛するが
三国連太郎と共通するのは”恋多き男”という所。
正式に結婚したのは3人だが、パートナーとしたのは数知れず
中には同性のジェームス・ディーンも居たと言うから驚き
ケネディ大統領兄弟とも寝ていたマリリン・モンローは
早めにマーロン・ブランドともデキていた。
日系女優レイコ佐藤とは1950年代序盤に出会っている。
 女性ジャーナリストのドロシー・キルガレン、
アリアン・"パット"・クインという女性は知らないが
「革命児サパタ」の撮影でメキシコ女優ケティ・ブラド
(S・ペキンパーの「ビリーザキッド」で夫の死を見送る妻役)に出会い、
その関係は彼は自分で監督した「片目のジャック」まで続いたとか。
1954年には「ウエストサイド物語」のリタ・モレノを妊娠させ、結局リタ・モレノは捨てられ、
その間にも19歳のフランス女優ジョサン・マリアーニと婚約したが
、二股かけていたインド系ハーフ女優アンナ・カシュフイと最初の結婚。
しかし彼女の間に息子クリスチャンが出来ると離婚。
再びメキシコ系女優モヴィタ・カスタネダと再婚。
二人の娘が生まれたが その後、「戦艦バウンティ」で共演した
タヒチの娘タリータと 再再婚、
当時彼女は20歳
マーロンとは18歳年下であった。
二人の結婚は10年続き、その間に出来た二人の子供達の為
彼は私財でタヒチに学校を建設した。
他にも、いつから続いて居たかわからないが身近なところで
家政婦のマリア・クリスティナ・ルイスとは長い関係を続け、
間に生まれた3人の子供を認知している。
アフリカ系コメディアンのリチャード・プライアーとも
性的な関係にあったとの証言もある。
ねっもう、彼の性癖は訳わかんないでしょう?
まあ、相手が男性の場合、女性と違い、
顔が似た子供が出来てない訳だから、
何処まで本当か嘘か分からない。
日本ロケの映画「八月十五夜の 茶屋」で共演した清川虹子は
マーロン・ブランドに追いかけられたと後年自慢していた。
”でも私には伴淳三郎という亭主が居たから断ったのよ”と。
ここまで書いて気付いたのは、 マーロン・ブランドは
肌が浅黒く、いわゆる濃い顔の女性が好みだったのかな?

2025年5月1日木曜日

リチャード・ファンズワース(1920-2000)
此の俳優は遅咲きのスター。
スタントマンからスタートし西部劇の名作にたくさん出演している。
「モンテウォルッシュ」「11人のカウボーイ」「ロイビーン」
「続・男と女」「トムホーン」「グレイフォックス」
駅馬車強盗が刑務所から出て来たときには時代が変わり
仕方なく列車強盗になる話。ご覧の様に白髪の爺さんだから
”グレイフォックス”とあだ名が付いた 此の映画
全編ケルト音楽チーフタンズを使った映画と記憶する。
その後は「ナチュラル」「黄昏のチャイナタウン」「ミザリー」「ゲッタウェイ」と話題作に起用され、日本でいうなら
俳優・笠智衆の様に大きな芝居をするでなく
彼が其処に居るだけで景色になるのを監督達は愛した。
5年ぶりに出演したデビット・リンチの異色作」ストレイトストリーの主役で彼は様々な賞に輝いたが、その翌年、ショットガンで自殺した。
後年、癌を患って苦しんでいたと言う。

2025年4月28日月曜日

キャリー・フィッシャー(1956~2016)
彼女は歌手デビー・レイノルズとエディ・フィッシャーの間に生まれた娘で有る。
早くからハリウッドのセレブ達の中で育ち
スターの子供として、いつもお姫様らしく命令形で人と話す所を買われ
監督ジョージ・ルーカスに”レイヤ姫”としてキャスティングされた。
映画は大ヒットし、シリーズ化され人気は出たものの
彼女はそれ以降、女優として伸び悩み
S&Gのポール・サイモンと”ブルースブラザース”のダン・エイクロイドの間を
行ったり来たり
結局ポール・サイモンと一緒になるも、すぐ離婚。
その間にダン・エイクロイド、いやジョン・べルーシか?仕込みの
ハリウッド・スターの定番コース”ドラッグ”に、のめり込む。
再婚し娘を授かるも自分の人生が面白いと自伝を書き、
それが「ハリウッドに口づけ」として映画化される。
良くも悪くも彼女のイメージは「スターウォーズ」で
「フォースの覚醒」「最後のジュダイ」が遺作。
飛行機の中で心臓発作だが死因はオーバー・ドープ!
「スカイウォーカーの夜明け」では未使用映像&C.Gプラスで出演
最期まで”レイア姫”であった。