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2012年7月20日金曜日


テクノポリス25時(磁世紀) : Y.M.O.
此れはCMを作った時、
プロモーション・ヴィデオ=PVとして作ったもの。
細野晴臣氏がオリジナルに作曲した”磁世紀”という
曲の長さに合わせてある。
そう、映像と同時進行で音楽は制作された。
だから最初に出来上がった彼のテープを聴いた時は、
いわゆるコマーシャリズから離れた、
その過激なノイズ感に驚いた記憶がある。
恐らくブームと成ってしまったY.M.O.という存在に
彼は抵抗したかったのかも知れない。
どちらにしてもファシズムを連想させる私のイメージと
彼の暴力的なサウンドは見事に融合し
今、観ても、かなり不思議なPVが出来上がったと思う。
スタッフは
カメラは名匠・西村幸男氏、照明は高宮丈夫氏
美術は舞台を多く手がけていた妹尾河童氏、小道具は金森馨氏
バブルの時代ならでは巨額の制作費をかけた贅沢さであった。

FUJI CASSETTE CM
当時はフィルムで撮影した、アナログ原版だったので
変換すると上のPVの様に画質が落ちてしまったが
最近のYouTubeに出ているものはデジタル変換されているらしく
画質が撮影当時のまま、リマスター映像みたいなのを発見!
まことに嬉しい限り。





2012年7月19日木曜日



YMO - TECHNOPOLIS
此れはFUJIフィルムでカセット・テープのCMを作った時、
日活スタジオの壁面に、以前の何か映画のセットで
皇居の絵が描かれていたのを発見!
YMOがCMで使った紅い毛沢東スーツ以外に
銀色のサラリーマン風のスーツを用意していたので
その場でチェンジして貰い、アドリブで撮影した。
スポンサー達が撮影時、ひとりひとり彼らに名刺を出していたのを
彼らが怪訝な顔をして受け取っていたのもヒントになった。
ユキヒロくんが使っているカメラも、
その時、彼ら3人にスポンサーからのプレゼントだ。
ごく自然に、コンテも無く、動いているのは
彼らが持っていた茶目っ気というか、タレント性だろう。
とにかく此の頃の彼らはカリスマと云うかオーラが出ていたから
ただカセット・ケースから出て来るだけで
彼らを帰しては勿体ないと思った。
それだけ自由な現場と時代だったという事だ。
カメラは実相寺昭雄監督の映画を撮っていた中堀正夫さん
照明は資生堂のCMを沢山やっていた高宮丈夫さん。
いきなりアークという強いライトを一発当てるだけという
ファッション写真のギイ・ブルダン風な大胆な照明で
彼らをカリカチュアライズしたのが効いている。
今や東京のシンボル・マークはスカイ・ツリーに代わろうと
しているが此の頃は何と云っても東京タワーだった。


2012年7月14日土曜日


EX-プラチナム・ナイト
此の仕事は、その昔、故・加藤和彦氏から直接、私に依頼されたものだ。
彼が立ち上げたレコード会社の新人アーティスト
”EX”というバンドのプロモーション・ビデオを作りたいと持ちかけて来た。
梅林茂と羽山伸也という九州出身のコンビで、聴いて貰えばわかるが
イギリスのマージー・ビートを下敷きにした面白いサウンドだった。
当時としては破格の予算をかけ作ったビデオだったが
あまりオン・エアする機会も公開する場も無く
彼ら自体はブレイクする間も無く、松田優作のバック・バンドとなり
梅林くんは松田の映画「それから」で映画音楽作曲家として成功し
中国の張芸謀の「Lovers」からアメリカ映画「ハンニバル・ライジング」と
今や日本のみならず海外にも仕事の場を広げ
羽山くんは、今なんとプロのビリヤード選手として活躍しているとか?
時は1980年初期、私の仕事のCMディレクターではなく
音楽ビデオ演出家として最初の作品だったから何もかも珍しく楽しかった。
グラフィックはデザイナー奥村靫正氏、彼らのロボットの動きを指導したのは
ヨネヤマ・ママコ女史、ラストの爆発写真は十文字美信。