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2025年8月30日土曜日

シリーズ【一生懸命な人々】番外・修造VS 彌生

 先頃、ファミリー・ヒストーリーで、
阪急電鉄から宝塚に東宝映画と連なる、その華麗な一族が紹介された松岡修造。
ふつう華麗な一族といえば、
オットリした性格の宮様のよう人を思い浮かべるが
彼はそれには程遠い、ひたすら猪突猛進、
"一生懸命な人々”シリーズの中でもトップクラスなのだ。
彼の言葉をカレンダーにした「毎日修造」がチコちゃんでは無いがボーッ生きてる若者達の間で何年か前、ベストセラーになったのは皆さんもご存知だろう。
兎に角、どんな媒体でも熱く語る彼の姿は
さながら新興宗教の教祖様みたいで
いつでも観るものを圧倒する。
そんな彼をインタビューアーとした対談形式のTV番組だった。
相手は世界に名を馳せる現代アートの売れっ子・草間彌生。
しかし、その展開は想像を絶するものとなった。
まずインタビューアーの松岡修造は開口一番
前の晩かなり作戦を練って来たか?
あの真面目な顔で意表をつく様に
「セインセイ、私を叱ってください!
スポーツ一筋に生きて来ましたので
芸術や美術に疎くて、
センセイの芸術が全く分かりません!」
確かに何の作品もカルピスのラベルの色を変えた様な水玉
果ては巨大なカボチャを水玉模様にしてしまった彼女の作品は
武蔵野美術大学卒の私にだって説明出来ない。
だから凄いのかも知れないが(何じゃそれ?)
此れに大芸術家・草間彌生のリアクションは
どう出るか?と期待したが
例の樹木希林が赤いオカッパのカツラを被った様な顔の
表情は少しも変わらず・・・と言うか
松岡修造を何か珍しい生き物を観察する様に
繁々とあのドングリ眼を更に開け、
所謂”?”の顔でフリーズ、完全にストップモーション。
此れに対してインタビューアーの松岡修造は、如何に番組を
進めて良いか困り果て、焦りシドロモドロ・・・
それに対して草間彌生は相変わらずドングリ眼に口は半開きで
相変わらず何もコメントは無し。
バラエティ番組慣れした松岡修造サービス精神は空回り
その間カメラは修造と彌生のアップを行ったり来たり。
古くは雲の上団五郎一座の"源氏店"の三木のり平と八波むとし
"見ごろ食べごろ"の伊東四郎と小松政夫、
"8時だよ"の売れない芸者コンビ志村けんと柄本明など
様々な絶妙コントは観て来た私だが
未だに此れを越えるたモノは無い!

2025年3月6日木曜日

”一生懸命な人々”(番外編)松岡修造vs草間彌生
このタイトル一生懸命に相応わしい人といえば松岡修造。
彼は阪急電鉄や宝塚を興した小林一三を祖父に、
父は東宝の会長、日本アカデミー賞協会名誉会長。
また若い時はプロテニスプレイヤーとして活躍してたのはご存知だろう。
その経験を生かしてスポーツ全般のキャスターとして今は各局に出ている。
彼のメリハリの効いた発言は名言として本にもなり、
格言は"まいにち修造”という日めくりカレンダーでベストセラーとなった。
少し前だが「ザ・インタビュー」という番組で
あの画家・草間彌生を呼んだ。
その時、草間は出来の悪い”そっくりロボット”の様に動きは殆どなく、
ただ松岡を初めてみる生きものの様にジーッと観察するだけ。
そのリアクションに、インタビューに慣れた流石の松岡も、たじろぎ。
開口一番「先生、私を叱ってください!
先生は世界的に有名な芸術家だと存じてますが
私、先生の作品の素晴らしさが解らないんです。
私スポーツマンなんで芸術の世界に疎く
今日まで来てしまいました。
今日から芸術を理解できる人間に成りたいんです!」と
エリート育ちのお坊ちゃんらしからぬ謙虚さ。
此れに草間は更にドングリ眼となり口も半開きのまま。
芸術家は作品の解説はしない!というのか
呆けて相手の言葉が理解出来ないのかハッキリしない。
その後、松岡修造が何を聞いたか私の記憶もハッキリしない。
ただ、その場面は上質なコントの様でもあったし
ある意味で不条理劇として完成されて居た様だった。
スタートの開口一番の「先生、私を叱ってください!」は
テニスの試合の作戦の様に、仕事熱心な松岡が
考えに考え抜いた台詞だったのだろう。
(まあ草間には通じなかった様だが・・・)
その一生懸命さが彼の魅力で、その好感度は
今やCM出演は数え切れないほど
”まいにち修造”どころか”どこでも修造””いつでも修造”・・・。 

2023年3月7日火曜日

番外編その1松岡修造vs草間彌生

このタイトル”一生懸命に”相応わしい人といえば松岡修造。

彼は阪急電鉄や宝塚を興した小林一三を祖父に、

父は東宝の会長、日本アカデミー賞協会名誉会長。

また若い時はプロテニスプレイヤーとして活躍してたのはご存知だろう。

その経験を生かしてスポーツ全般のキャスターとして今は各局に出ている。

彼のメリハリの効いた発言は名言として本にもなり、

格言は"まいにち修造という日めくりカレンダーでベストセラーとなった。

少し前だが「ザ・インタビュー」という番組で

あの画家・草間彌生を呼んだ。

その時、草間は出来の悪いそっくりアンドロイドの様に動きは殆どなく、

ただ松岡を初めてみる生きものの様にジーッと観察するだけ。

そのリアクションに、インタビューに慣れた流石の松岡も、たじろぎ。

開口一番「先生、私を叱ってください!

先生は世界的に有名な芸術家だと存じてますが

私、先生の作品の素晴らしさが解らないんです。

私スポーツマンなんで芸術の世界に疎く

今日まで来てしまいました。

今日から芸術を理解できる人間に成りたいんです!」と

エリート育ちのお坊ちゃんらしからぬ謙虚さ。

此れに草間は更にドングリ眼となり口も半開きのまま。

芸術家は作品の解説はしない!というのか

呆けて相手の言葉が理解出来ないのかハッキリしない。

その後、松岡修造が何を聞いたか私の記憶もハッキリしない。

ただ、その場面は上質なコントの様でもあったし

ある意味で不条理劇として完成されて居た様だった。

スタートの開口一番の「先生、私を叱ってください!」は

テニスの試合の作戦の様に、

松岡が考えに考え抜いた台詞だったのだろう。

(まあ草間には通じなかった様だが)

その一生懸命さが彼の魅力で、その好感度は

今やCM出演は数え切れないほど

まいにち修造どころか

どこでも修造””いつでも修造・・・。


 

2021年12月26日日曜日

その2”セールスマン”
現在、我が家にある常設電話にFAXは付いていない。
此処は海の側だから塩害で機器類は3年と持たない。
それで此の留守番電話専用一番安いFAX無しにした。
今はメールで文章から画像もおくれるからね。
しかし40年前ぐらいは、そのFAXすら普及していなかった。
CMの制作会議にプロダクションまで出掛け
決定した演出コンテをコピー機で刷ってもらっていた。
これもその頃の話だ。
その日も、あるプロダクションから出たところで
激しい夕立が降って来た。
その頃、よくコンビを組んでいたカメラマンT氏とは
次に行く別のプロダクションの打ち合わせも一緒だったので
とりあえず喫茶店へ入り雨の止むのを待つことにした。
コーヒーを飲みながら私が
”しかし一々、コンテを貰いに行くのに
プロダクションというのは不便だね。
今はFAXという便利なものがあるんだから、
それで用は足りるはずだね”
T氏も当時はスティール&ムービーの売れっ子カメラマン。
”そうですね、事務所に居れば他の仕事が出来る”と
”でもFAXって今幾ら位なんだろう”と私。
すると以前から後ろに座っていた男がいきなり立ち上がり
”すいません、お話が聞こえてしまったもので
私はこう言うものです”と名詞を差し出した。
それにはFAXの会社の販売員の誰それと。
”此処へ失礼していいですか?”と4人がけの椅子の1つに
ズーズーしく割り込んできた。
呆気にとられる私達にの前に、分厚い鞄からカタログを取り出し
”此れは簡単な機能で使いやすく幾ら
此れは少しお高いが更に便利でコピーも出来る云々”と
立て板に水の様に喋りまくり
”これからはFAXの時代ですよ!”
”あっ雨も上がりましたネ”と決め台詞を残し去っていった。
残された私とT氏は
”なんだアレ?”とカタログを前に笑い転げた。
後日、 撮影現場で再開した私とT氏は
”どうFAX入れた?””うんうん入れた!”で又笑い転げた。
その頃のFAXは今のプリンターの倍ぐらい高さが有り
私の事務所では場所を取り、早めにFAX付き電話に代ったが
あのセールスマンには本当に、ヤラれた。

その6”緑色の猫”

私は、かつて大変な猫嫌いであった。

猫がそばに寄ってきただけで緊張し、それが

相手にも伝わりフーッと唸り、噛みつく奴もいて

困ったものだ。

私が手掛けたCMにY.M.O.ことイエローマジックオーケストラを

起用したFUJIカセットが有る。

それはY.M.O結成時から何時かCMで使いたい思い

米国の異色バンド、チューブスの前座を彼らがやるのを知り

明日プレゼンがあるという代理店のプランナーを中野サンプラへ

誘い、彼もハマって是非使いたいとスポンサーへ。

それは見事に成功、カセットだから、カセットの中から登場

という安易な企画でオンエアされた。

時代はウォークマン全盛、カセットテープは飛ぶ様に売れ

スポンサーのお偉いさんの娘が大ファンだという事で

次回作はなんぼ金をかけても良い!というお墨付きを貰った。

当時、MTVをやりたくてウズウズしていた私はどさくさに紛れ

CMだけでなく3分半くらいのロングヴァージョンまで企画した。

それは物語風でチェスをしている坂本龍一氏と高橋ユキヒロ氏が

いつの間にかフェンシングで戦っていて、細野晴臣氏が抱いていた

猫が突然跳ねて東京タワーへ飛んで行くという展開であった。

今なら恐らく私は猫にC.G.を使った処だが、当時はそんな技術は

無かった。

この猫が飛び跳ねるシーンを撮るのに、カメラを斜めに設定

高いところから猫を放り投げるという乱暴な技を使った。

カメラマン曰く猫は3mくらいなら軽く起き上がれるから大丈夫と。

果たして撮影を始めたところ、猫は嫌がって飛び降りない。

それもその筈、猫はスポンサーFUJIのイメージカラーの

緑色にされていたからである。

これも今なら簡単に毛の色など変えられるのだが。

予め動物プロダクションに人間の髪染め用の緑色を

塗って置いてくれと頼んでいたのだが、猫にそれは

難しく、サインペンの緑で一本づつ染めたとか。

それで猫は気持ち悪いらしく不機嫌でいう事を聞かない。

高い台の上で爪を立て飛び下りない。

そのお尻を無理やり押して落とすという今から思えば

残酷な事をした。

猫嫌いな私でも5回もやれば、もういい何とか撮れたんじゃない!

とカメラマンに言うと、駄目ちゃんとフレームに収まっていないと

くりかえすこと20回近く、最初は姿三四郎の飛び下り技の様に

クルッと宙返りして着地していた猫も段々疲れて来たのか

ドサっと足を伸ばさず体ごと落ちるようになってしまい。

それでもカメラマンは自分の家でも猫を飼っているから

大丈夫!とテイクを重ね、25回目くらいでやっとOKが出た。

責任逃れをするわけではないが、あくまでも虐待したのは

カメラマンで,

私では無い。

動物プロダクションの話では此の猫、なかなかの芸達者で

稼ぎ頭だったのが、その日以来、壁の方を向いたままの自閉症猫に

なってしまったと。

その7 “ターザン”
藤村俊二さんといえば晩年、そのトボけた芸風が板について
老人役で売れたタレントだが、
中年に差し掛かっている頃、バタ臭い、癖のある
その芸風が邪魔し伸び悩んでいる時期があった。
赤坂の広告代理店から、彼を使った渋谷のTデパートの
家具のバーゲンセールCMの企画を頼まれた。
彼のキャラクターにハリウッド喜劇映画のセンスを
感じた私は彼にターザンを演じさせたいと思い
コンテにして、それがスポンサーに通った。
ジャングルみたいに並べられた沢山の家具の上を
ツタにブラ下がり彼がアーア・ア~と叫びながら
ブランコの様に行ったり来たりする筈だった。
彼はとても筋肉質とは思え無く、むしろガリガリ
だからターザンに見せるには
それなりの工夫が必要と、お供にチンパンジーの
チータを付けることにした。
動物プロダクションの人に抱えられて来た
チンパンジーは家具の並んだ大きなスタジオにかなり脅え
私がスタンドイン?に用意したゴリラの縫いぐるみに
飛び上がった。どうやら本物と思ったらしい。
代役の人のターザンでリハーサルの時からキーキー騒ぎ
吊り下げられた蔦から好きあらば逃げようとするので、
見えない様にテープで手足を固定した。
(また動物虐待!と文句を言われそうだな)
そして主役のターザン役、藤村俊二氏の登場
衣装は皮の手作り風ビキニブリーフ1丁。
”たった此れだけなの?”と恥ずかしそうだったが、
役が気に入ったか、”まあターザンならそうだよネ”と
始めはノリノリであった。
私の”ハイ、リハーサル行きましょう!”に
スタジオの端から端へ空中ブランコみたいに跳ぼうとした。
彼はダンスが得意、自分で振り付けも出来る身の軽さが自慢。
空中のアクロバティックな動きを私は期待した。
しかし此の日は共演者が悪かった。
臆病なチンパンジーだったのだ。
スタジオの端から跳び出した途端、キーキーッと
悲鳴を上げ逃げようとした。しかし手足は左右とも
自分で掴まっている様にテープで固定されている。
彼が自由なのは口だけ歯だけ。
此の状況を打開するには?ととった行動は
近くのターザンの脇腹に噛み付いたのである。
今度はターザンがギャ~ッ。
スタジオは騒然!まだ本番カメラは回っていない。
慌てて2人を下ろし、いや1人と1匹だった。
藤村氏の顔は蒼白。横腹にはチンパンジーの歯形
幸い血は出ていない(そう言う問題じゃない)
それでも早く医者、医者、医者とスタジオから連れ出した。
それで撮影は中断。もう今日の撮影は中止かと諦めたが
そこは大人のタレント藤村俊二氏
スタジオに戻って来て
”私は長いこと役者をして来ましたが
チンパンジーに噛みつかれたのは初めてです”と。
それで私は本物を諦め、ウチから持って来たゴリラの
縫ぐるみを彼の側のツタに縛りつけ撮影は続行された。
しかし、そのゴリラは元勤めていたCM制作会社の先輩が
作った明治のCMの”オレ社長の代理”で有名な奴で
アップでは到底使えないものだった。
だいたいチータはチンパンジー。ゴリラでは無いでしょう?
まっ、そんなわけで、そのCMは完成し短期のオンエアだったから
もう誰の記憶にも無いだろうが
私は、此のゴリラの縫ぐるみを見るたびに
その時の藤村さんのギャ~っと言う悲鳴が聞こえる。

その9 ”焼き肉” 
世間では焼肉屋に来るカップルは、だいたいデキていると。
しかし、その逆は無い。私は焼肉屋に誘って失敗した例もあるから。
今日の人は少し前、その最期の生き方がブームにもなった某女優
ではなくて、その夫。
ロックンロール!の一言だけで人生を全うした方の話。
彼は、その某女優の庇護の下というか
ずっと放し飼いの様な状態で自由に生きられた幸運な男だ。
麻布十番の奥の方に鳳仙花という有名な韓国料理店があり
先日コロナで亡くなった志村けん等の芸能人を良く見かけた。
その日、私は近くのアオイスタジオでダビングを終え
スタッフと食事に来ていた。
彼らが何時来たのかは気が付かなかったが
私と背中合わせの席に、焼肉屋には相応しくない
良い香水の匂いのする女性が。
その匂いの主は当時日米合作映画「将軍」のヒロインで
一躍、国際女優になった方だった。
そして、その向かいには聞いた事のある巻き舌で高い声の
ロックンロールが居た。
彼らは週刊誌に騒がれ、日本人なら誰もが知るカップル。
それも不倫の。
私は振り返って確認すのは失礼だから
知らん振りして食事を続けた。
その店は冷麺が旨いと有名だが
私はコプチャン鍋というモツ鎬が好きだった。
突然、ロックンロールの甲高い声の「オイっ!」
背中に何か険悪な空気が伝わって来た。
「お前な、焼き肉が嫌いなのか?」
「ううん、好きよ美味しかったわ」
「じゃ、食えよ此んなに残しちゃ勿体無いじゃないか」
「でも、もうワタシお腹が一杯」
「食べろよ!こんな良い肉」
「本当にお腹いっぱいなの」
「食えよ明日、何も食わなきゃイイんだから・・・」

背中で聞くと、此の会話はさながらポルノ映画
(そんなに私は観てる訳では無い!念の為)
無理やり男が女を口説いている風で生々しく
今、想い出しても最後の「明日、何も食わなきゃイイんだから・・・」
には私の向かいのプロデューサーと笑いをこらえ過ぎて
モツを吐きそうになった。





その8”ミニササニシキ”

銀座の大手化粧品会社と言えば

何処だかすぐ分かる筈だが

そこからの依頼で企画、それも商品の取材から付き合えと、

その頃は珍しいスポンサー直(ちょく)の仕事だ。

その方は私の先輩ディレクターがよく付き合っていた人で

多少面識は有った。

会ってみたら私の頭をジロジロ見ながら実は育毛剤なんですが・・・

此れを見てもらえます?と新聞のコピーを出した。

そこには仙台の某氏が米の稲から髪の育毛剤を検出という記事が有った。

その某氏を取材して、それを基に

ウチの育毛剤のCMコンテを作って貰いたいんですが。

はあ、そんなので効くんですかね?と、私は半信半疑ながら、

ひょっとしたら私の救いの髪、いや救いの神になるかと。

その頃まだ、ポワポワと頭のてっぺんに薄毛が残っていたから。

スポンサーの今、仙台はホヤが出始めで美味いですよ!が食いしん坊の私に、

更に追い討ちを掛け、私は、すんなり仕事を引き受けた。

東京駅でクライアントと制作会社のプロデューサーと待ち合わせ

その某氏の住む仙台へと向かった。

新幹線を降り、タクシーは1時間くらい走ったと思うが

地方都市では大きな仙台市も田んぼだらけの田舎になり、

普通より少し大きめな、とある農家に着いた。

連絡はしてあったとみえ、頭の毛が薄い主人が出迎え、

名刺交換後、直ぐさま取材に入った。

後でコンテにしなくてはならないから、忘れない様にと

私はメモ用のノートを広げ聞いた話。

彼は当初、都会の人がマンション等のベランダでも米作りが出来る、

余り大きくならない自家栽培の稲の改良を進めていたと。

果たして、家庭菜園ブームに、それはヒットし

"ミニササニシキというネーミングで飛ぶ様に売れたらしい。

しかし、それは直ぐ飽きられ、出荷されず残った稲を

何か他に活用できないか?と彼は必死に研究、その結果

稲から取り出したエキスを髪の毛に付けたら

弱っていた細毛が太くなり、更に増えて来たと。

これはイケる!と新聞社に売り込み、記事になったと。

ほら、此れが以前の私と写真ファイルを拡げ、此れが今!と

頭を下げた私らの目の前にある毛は気のせいか

確かに濃くなっている様な、

いや、それ程でもない様な・・・。

此処までは私も仕事だから真剣に聞いていた。

しかし、その後から

実は私、ミニササニシキよりもっと凄い物を最近発見したんです!

と興奮気味。

それは何だと思います?私もクライアントも、ん?ん?

実は納豆!納豆に凄い育毛剤成分が有るのです!!

頭に付けると髪の毛がドンドン太くなるんです。

これはイケると思いましたよ。

しかし問題は、納豆のネバネバとその臭い。

頭が鼻に近いだけに我慢するのが非常に難しい。

それで、また攻め方を変え、口から入れたらどうか?と。

(いや、それなら納豆好きな私は毎日食べてるが)

この辺りでメモを取るのを辞め、部屋を見回すと、

先のミニササニシキで得た収益で海外旅行でもしたのか

TVの上に象牙の置物があれこれ。

壁には水墨画が色々。

私の座布団の下に敷いてあるのは高そうなペルシャ絨毯。

彼の話は、まだ続いた。

納豆を食べてると何だか毎日元気になるので

試しに肺活量を調べようと毎晩、風呂に潜り(どんだけ深い風呂なんだ?)

その潜水時間を記録するとドンドン伸びてるんですよタイムが!

(あれま、伸びるのは髪の毛じゃなかったっけ?)

此処で私はすいませんトイレ貸してくださいと立ち上がり

まだ真面目に話を聴いている二人を残し

ミニササニシキが無造作にズラーと並んだ手入れの悪い庭をブラブラ。

プロデューサーのどうもお世話になりました!の声を聞いて

慌てて部屋に戻り、一応頭を下げ、その家を後にした。

戻りのタクシーの中で

此れコンテになりますかね?とクライアント。

いや、無理でしょうと私。

その夜、私は仙台でも有名な居酒屋へ連れて行ってもらい

新鮮なホヤと旨い地酒をご馳走になった。

クライアントは実は私、仙台生まれ、

明日はついでだから、実家の墓参りをしようかと

じゃ私も付き合わせて貰いますと腰の低いプロデューサー。

二人が、揃って私を見るので

明日、午後打ち合わせがありますんで

早めに帰らせて貰いますと私。

勿論、打ち合わせなんか無かったけどね。