2017年10月31日火曜日

"ハロウィン・カレー"
何となくカレーが食べたくなり
夕方から仕込む。
インド人のプロに教わったレシピは
ホール・トマト半缶にヨーグルト、そしてクミンシード。
カレー関しては、ワタシ失敗しないので!
まずは納得のいく出来 ( ̄(工) ̄)
せっかくだからと
今夜はハロウィン・ディスプレー


エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #14
遊星からの物体X (1982)
 リドリー・スコットの「エイリアン」のヒットを受けて
ジョン・カーペンター監督で作られたSFホラーもの。
しかし舞台は宇宙では無くて氷に閉ざされた南極基地。
そこに宇宙から飛来した形を持たない細胞生物が
犬に入り込み、変態して人間へ、だから隊員たちは
誰が宇宙生物だか仲間か判らなくなる。
この映画の完成度は高く、「エイリアン」と並んで
その怖さで、今だにカルト扱い。
此れに付けたモリコーネの音楽は、いや音楽というより
情緒的なメロディを抑えた音響に近く
その南極という閉鎖的な空間での恐怖を
これでもか!と高める。
先の超甘い「エーゲ海に捧ぐ」と同じ作曲家とは、とても
思えない、そのモリコーネの職人技に、脱帽!

ホット・プレートで、お好み焼き2タイプ
左は浅草・居酒屋「山海」のスペシャル・メニューのコピー。
小麦粉無し、長芋だけに刺身用のイカを混ぜた、お好み焼き。
”もんじゃ”風のフワフワした食感が楽しめる。
右は、いつもの本格的な関西風お好み焼き。
もちろん、生地は昆布カツオの出汁を引き、長芋を繋ぎに
牡蠣と豚ばら肉を混ぜてある。
程良く焼けたら、真ん中に穴を開け、卵を落とし
最後にソースをかけ、鰹節を踊らせる。
私はマヨネーズをジグザグにかけるのは嫌い。



2017年10月30日月曜日

エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #13
エーゲ海に捧ぐ Dedicato al mare Egeo (1979)
池田満寿夫が、その小説を自ら監督した作品。
ピカソは絵画のスタイルを、どんどん変えていったが
池田の場合は表現媒体をどんどん変える
珍しいアーティストだった。
東京国際版画ビエンナーレ展で評価を得ながらも
画家、彫刻家に始まり小説家、そして監督、しまいには
クイズの解答者というタレント業までこなした。
これは彼が芥川賞をとった小説を自ら監督した
映画「エーゲ海に捧ぐ」の音楽。
公開当時、私は彼に全く興味がなかったので
この映画は観ていない。
しかし地中海を舞台に、愛欲に溺れる画学生の
官能的な生活という内容を知って入れば
無修正で観たかった(笑)
此れに付けたモリコーネの音楽は超・甘めで
あのシルビア・クリステルの「エマニエル夫人」か
フランシス・レイの「ビリディス」の様。
絶対、仕事を断らなかったモリコーネの職人技が光る。
蛇足だが、出演した脱ぎっぷりの良い女優チョチョリーナは
その後、イタリア国会議員になった。


フウセントウワタ
ウチの近くの信号の所に此れが成っていた。
写真を撮っていたら、車で帰ってきたオッさんが
「それ”フウセントウワタ”って云うラ」
コチラでは言葉の最後に”ラ”を付けるのが方言。
何でも”ラ”を付けるから別名”ラララ天国”とも云う。
とにかく風船の様なのは花では無くて果実。
その中に棉の様なものに包まれた種が入っていて
時期が来ると風船が割れ
”その棉がタンポポの様にフワ〜ッと風に乗り
種を撒き散らすラ”とオッさん。
フ〜ンなるほどラと”ラ”の使い方が変な私。


今回の台風は早いスピードで通り抜けてくれた。
窓から差し込む朝日が食卓を華やかな気分にしてくれる。
華やかといっても、エボダイの干物に糠漬け、納豆に
キャベツの味噌汁。
それぞれに光が当たり食欲をそそる。
そんなのも又”デジャブ”か?

2017年10月29日日曜日

エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #12
「天国の日々」 (1978)
此の作品については、私のホーム・ページの”キネマ通り”に
だいぶ前に2部構成で載せたのだが、いつの間にか消えてしまった。
1部はデビュー2作目の才気溢れる監督テレンス・マリックの
映像に対するこだわりを中心に、
フランスから呼び寄せたトリフォー作品のカメラマン
ネストール・アンメンドロス驚異的な撮影技術の解説。
そして2部は監督テレンスの音楽に対するこだわり
アメリカ映画なのに ”マエストロ” モリコーネを起用した訳を。
クラシックのサン=サーンスの「動物の謝肉祭”から
”アクエリアム=水族館”をオープニング・テーマに使い。
主人公の男女3人の愛憎関係と悲劇的な結末を
モリコーネの美しいスコアで展開させている。
その二つの主題曲の馴染み具合が、実に見事で
どちらがサン=サーンスかモリコーネか判断できないほど。
とにかく、それまで誰も観たことないネストールの映像に
モリコーネの音楽は、まさにテレンス・マリックが仕掛けた”魔法”。
映画史上に残る名画として今だに語り継がれている作品だ。

いつの間にかイタリア映画音楽だけでは無くなっていたので
タイトルを作曲家別に変更しました。


また台風が来る?
それでは、海がシケて魚が獲れなくなると
スーパーに急いで買いに行く。
柵だからカンパチとイサキが手頃な値段。
切ってしまったら、どちらがどちらだか判らないが
とにかく、どちらも旨かった。
それと白菜とシメジを昆布出汁と酒で鍋に。
最後に牡蠣と竹輪を入れ、ポン酢と柚子胡椒の2WAYで。
糠漬けにはキャベツにミョウガにオクラ。
朝食べなかった納豆にも刻んで
まるで朝ご飯のような晩ご飯。




2017年10月28日土曜日

エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #11
オルカ Orca (1977)
スピルバーグの「ジョーズ」(1975)の大ヒットに
イタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスが
柳の下の泥鰌ならぬシャチを狙ったもの。
シャチはサメよりも強いし、頭も良い!と
それにマイク・ニコルズの「イルカの日」(1973)の
動物愛のエッセンスをプラス。
「イルカの日」はジョルジュ・ドルリューの音楽が
映画音楽として名曲中の名曲。
それでモリコーネが張り切った訳でもないが
妻と子を殺されたシャチが復讐に燃える話に
観るものは主人公(リチャード・ハリス)の人間とシャチと
どっちに感情移入すればイイんだという映画となった。
それもそのはず、モリコーネの音楽は
シャチの哀しみを、此れでもかと強調しているからネ。
そんな事で映画としてはイマイチ感動しなかったが
音楽は先の「イルカの日」と互角勝負くらいの
素晴らしい音楽がついている。


バーバリー風モンゴル・コート完成!
モンゴル服を現地では”デール”と呼ぶ。
私の”デール”も、どんどん派手な皇帝風になったので
ここいらで、普段着のデールを作って見ようかと。
チノパンに使われる生地に、本当なら裏地は
バーバリーならチェック柄なのだが
パジャマ用に買って置いた木綿のカメレオン柄で裏地。
まあ予定通りというか、大した問題もなく完成。
これなら宇佐美の街中を普通に歩けそう。
ん?でも、やはり可なり怪しいか?


オメザ兼朝食
地元のスーパー・ナガヤの火曜限定発売
クラシック・ドーナツ。
以前も出した記憶があるが
とにかく甘すぎなく、油も良いので
食べた後も胸焼けしない。
でも油断すると、2,3個アッという間に食べちゃうので
気をつけなければ・・・♪ラブ・ミー・テンダ〜
晩年のハワイ公演プレスリーみたいになっちゃう
誰だ、もうなってるなんていう奴は?


2017年10月27日金曜日

エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #10
「1900」Novecento (1976) 
いよいよベルナルド・ベルトルッチ監督の「1900」
題名通り、世紀初頭から第2次世界大戦終了までのイタリア現代史。
階級層の違う二人の少年が歴史に翻弄されながら
老いて行くまでの愛憎入り混じった確執を描いている。
米国からロバート・デ・ニーロにバート・ランカスター
それにドナルド・サザーランド。
フランスからジェラール・デパルデューにドミニク・サンダ
という豪華なキャスティング。ナント310分という大長編!
だから公開は前後篇分けて上映された。
私は前編をロケ先のフランスはニースの
旧市内の古い映画館でイタリア語音声に仏語字幕で観た。
時を同じくして
打ち合わせで訪ねた、そのニースの撮影所に
トリフォーの「アメリカの夜」のオープンセットが
草生して、そのまま残っているのを発見!
此の二つは、私にとって生涯忘れ得ぬ体験となった
・・・と話は横道に逸れたが
「1900」作品そのものも震えるくらい感動した。
既に熱烈なモリコーネ・ファンになっていた私に
ダメ押しをする様な此の映画のスコアは耳から離れず
戻ったパリで映画館を探し、後編を観て更に感動し
その後サントラのLPは、溝が無くなるほど聴いた。
今、DVDはネットで購入し私の大事な宝物。
余談だが
坂本龍一は「ラストエンペラー」の音楽を依頼された時
”打倒モリコーネ!”と連日叫んで作曲したと
自身パーソナリティーのラジオFM番組で言っていた。
そして自分のコンサートでも此の「1900」を
モリコーネへのオマージュとしてピアノ・カヴァーしている。
チーズ削りでナポリタンの味が上がる?
此の道具はTVの料理番組で良く見かけるやつ。
結構よい値段だが一度使うと、その効果に驚く。
昨夜は”腰塚”のソーセージが古くなったので
玉葱、ピーマン、エリンギと一緒に刻み
ホール・トマトの缶詰で煮込んで
解凍したパスタの”兄貴”に絡めた。
その仕上げにパルミジャーノを削るのに
此れが登場という訳。
鰹節が踊る様に削ったチーズが踊る。
サラダはいつものヨーグルト&マヨネーズ・ソース。
伊東港水揚げの真鯛はカルパッチョに。
ドレッシングに擦ったニンニクにヴァージン・オイル
&醤油少々と我が家のレモン絞り。

2017年10月26日木曜日

エンニオ・モリコーネの映画音楽集 #9
「夕陽のギャングたち」(1971)
マカロニ・ウエスタンは僅か5年の間に
500本も作られたのに
その本家と云うべきのセルジオ・レオーネは、
たった5本しか監督していない。
その最後の西部劇が此の作品。
メキシコ革命の動乱を背景にメキシコの山賊と
アイルランドから流れてきた革命家の友情を描いた。
山賊には豪快なロッド・スタイガー、ダイナマイトを使う
インテリ革命家にジェームス・コバーン。
此の異色俳優の対決がレオーネ映画に”コク”を出した。
異色といえば、モリコーネは此の作品のオープニングに
斬新な口笛と不思議なコーラスを付けた。
♪ ション・ション・ションと一つ間違えれば
コメディになってしまう際どい音楽だ。
でもそれは二人の奇妙な関係を描くのに成功している。

2時間半の長尺を少しも感じさせない緻密な演出に
ハリウッド資本のスペクタクル。
映画は当たらなかったが、レオーネは、此の作品で
憧れたD・リーンの「アラビアのロレンス」に近づけたのか?
モリコーネお得意のエモーショナルな美しいメロディは
主役2人の深い友情が、悲劇で終わる最期を
これでもか?と盛り上げる。
私は此れを映画館で最初に観終わった時
しばらく席を立てなかった。
レオーネは寡作の監督である。
生涯8本の映画しか撮っていない。此の後
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」を遺作に
死ぬまで音楽はモリコーネだった。
ニーノ・ロータがフェリーニに愛された様に
モリコーネもレオーネに添い遂げたのである。



粕床を新しくした。
別に味に不都合は無かったが、手拭いが
ヌルヌルして気持ちが悪かったので粕床を新調した。
お湯の中に甘酒用の酒粕と味噌を少々
二つが馴染むまで火にかけながら丁寧にかき混ぜる。
熱湯消毒した手拭いで包むのは
いちいち鮭に着いた粕を洗わなくて良い様に。
そして3日目、今朝の食卓に登場というわけ。
まだ熟成には程遠いが酒粕の香りは充分着いていた。


2017年10月25日水曜日

スターリングラード大進撃ヒトラーの蒼き野望 (2015)
まず此のタイトルを付けた日本の配給会社を告発したい!
おそらく中身を全然観ないで、単なるソ連とドイツの
”戦争もの”とイイ加減に付けたに違いない。
そしてポスターを担当したデザイナーは
映画のスチールは使ってもDVDは観ていまい。
タイトルのスターリングラードもヒットラーも
全然内容には関係ない、二人の兵士の友情を描いた物語。
私には反戦映画「誓いの休暇」を思い出させた。

ある真面目な若者が戦地に駆り出され
攻撃体制の再編を、伝令として命じられるも
既に現地はドイツ軍に包囲されていて
部隊は壊滅し、かろうじて生き残った彼に
参謀本部は、その責任を全部なすりつけ
伝令不履行として死刑を宣告する。
独房に入れられた彼に、付いた護衛が
アジア系のロシア人、おそらくモンゴル人。
これが主役に輪をかけて、やたらクソ真面目。
何があっても彼を参謀本部まで送り届けろ!
の命令を、愚直に守り抜く。
主人公は逃げようとすれば、何時でも逃げられる
敵味方入り混じる戦場で、二人の奇妙な道中が始まり
その間に戦友の様な感情が生まれる。
途中、巻き込まれた戦闘で味方の部隊を二人で救ったりする。
そして彼は本部に届けられるが、彼に死刑が執行される直前
モンゴル人は彼との武功を本部に申し立て、彼を救い出す。
しかし、そこに爆撃機が・・・。
とにかく主役コンビのキャラクターがとても良い。
戦場では、馬鹿にしか見えない二人も
平和な時代なら、優しい若者として幸せな人生が送れた筈。
それの無念さが観るものの胸を打つ。
現在のロシア映画のレベルの高さを感じさせる
見事な映像と音楽。
そして二人で武功を立てた時、新聞記者に撮られた
此の写真で映画が終わるラストの余韻が憎いほど巧い!
それにしても
腹が立つのは、此のタイトルの酷さと宣伝の仕方
ちゃんとしたタイトルにポスターが付けば
もっと多くの人に此の名作が観てもらえたはずなのに。
コチラに予告編







エンニオ・モリコーネの映画音楽集  #8
「死刑台のメロディ」(1971)
此の映画は1920年に実際にあった
米国裁判史上最大の冤罪事件を
ジュリアーノ・モンタルド監督が脚本演出したもの。
何故、イタリア映画かというと冤罪で死刑になった
サッコとヴァンゼッティがイタリア移民だったから。
当時の米国は司法も出鱈目、日頃から労働運動に関わった
二人に強盗事件を擦りつけた。
私は当時、主題歌をジョーン・バエズが歌ったのを記憶している。
それがモリコーネの作曲だとは当時気がつかなかった。
今、こうして聴くと、此の悲劇を
バエズとモリコーネは怒りとして歌い上げている。
そしてコチラでは悲しみを
”サッコとヴァンゼッティ”の名は学生時代
武蔵美の恩師・粟津潔先生が、敬愛する画家ベン・シャーンの
作品で知った。
これらの作品は今でも好きだ。