2025年10月16日木曜日

 


フリーダ・カーロ(1907~1954)
本名は、やたら長く
マクダレーナ・カルメン・フリーダ・カーロ・イ・カルデロン
父はギリエルモ。ハンガリー系ユダヤ人の写真家、母はメキシコ系
ナチスの台頭でユダヤ人弾圧に家族はメキシコへ移住
メキシコで最初の公式写真家として認められるも
今度はメキシコ革命で父親の仕事は無くなり生活は困窮する。
その間にフリーダは6歳で急性灰白髄炎にかかり
9ヶ月の間、寝たきりの生活を余儀なくされる。
この影響で体の部分の成長が止まり足が不自由になる。
そして父が与えた画材で絵を描く様になり
彼女の天性の才能からか独自の世界を表現する様になる。
それは時代的な流行シュールリアリスムの影響もあり
彼女自身をモチーフとすることによって
メキシコの土着的なネィティブ・アートを背景に
彼女の死生観までを描いた特異なジャンルの作品となった。
一方、学んだ国立予科高等学校で
”カチュチャス”というメキシコ社会主義運動に熱中
それが彼女の、その後の人脈にも関わってくる。

彼女の名前と同じで話は長くなるので、取り敢えず前半はここまで

 


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