2021年12月26日日曜日

その7 “ターザン”
藤村俊二さんといえば晩年、そのトボけた芸風が板について
老人役で売れたタレントだが、
中年に差し掛かっている頃、バタ臭い、癖のある
その芸風が邪魔し伸び悩んでいる時期があった。
赤坂の広告代理店から、彼を使った渋谷のTデパートの
家具のバーゲンセールCMの企画を頼まれた。
彼のキャラクターにハリウッド喜劇映画のセンスを
感じた私は彼にターザンを演じさせたいと思い
コンテにして、それがスポンサーに通った。
ジャングルみたいに並べられた沢山の家具の上を
ツタにブラ下がり彼がアーア・ア~と叫びながら
ブランコの様に行ったり来たりする筈だった。
彼はとても筋肉質とは思え無く、むしろガリガリ
だからターザンに見せるには
それなりの工夫が必要と、お供にチンパンジーの
チータを付けることにした。
動物プロダクションの人に抱えられて来た
チンパンジーは家具の並んだ大きなスタジオにかなり脅え
私がスタンドイン?に用意したゴリラの縫いぐるみに
飛び上がった。どうやら本物と思ったらしい。
代役の人のターザンでリハーサルの時からキーキー騒ぎ
吊り下げられた蔦から好きあらば逃げようとするので、
見えない様にテープで手足を固定した。
(また動物虐待!と文句を言われそうだな)
そして主役のターザン役、藤村俊二氏の登場
衣装は皮の手作り風ビキニブリーフ1丁。
”たった此れだけなの?”と恥ずかしそうだったが、
役が気に入ったか、”まあターザンならそうだよネ”と
始めはノリノリであった。
私の”ハイ、リハーサル行きましょう!”に
スタジオの端から端へ空中ブランコみたいに跳ぼうとした。
彼はダンスが得意、自分で振り付けも出来る身の軽さが自慢。
空中のアクロバティックな動きを私は期待した。
しかし此の日は共演者が悪かった。
臆病なチンパンジーだったのだ。
スタジオの端から跳び出した途端、キーキーッと
悲鳴を上げ逃げようとした。しかし手足は左右とも
自分で掴まっている様にテープで固定されている。
彼が自由なのは口だけ歯だけ。
此の状況を打開するには?ととった行動は
近くのターザンの脇腹に噛み付いたのである。
今度はターザンがギャ~ッ。
スタジオは騒然!まだ本番カメラは回っていない。
慌てて2人を下ろし、いや1人と1匹だった。
藤村氏の顔は蒼白。横腹にはチンパンジーの歯形
幸い血は出ていない(そう言う問題じゃない)
それでも早く医者、医者、医者とスタジオから連れ出した。
それで撮影は中断。もう今日の撮影は中止かと諦めたが
そこは大人のタレント藤村俊二氏
スタジオに戻って来て
”私は長いこと役者をして来ましたが
チンパンジーに噛みつかれたのは初めてです”と。
それで私は本物を諦め、ウチから持って来たゴリラの
縫ぐるみを彼の側のツタに縛りつけ撮影は続行された。
しかし、そのゴリラは元勤めていたCM制作会社の先輩が
作った明治のCMの”オレ社長の代理”で有名な奴で
アップでは到底使えないものだった。
だいたいチータはチンパンジー。ゴリラでは無いでしょう?
まっ、そんなわけで、そのCMは完成し短期のオンエアだったから
もう誰の記憶にも無いだろうが
私は、此のゴリラの縫ぐるみを見るたびに
その時の藤村さんのギャ~っと言う悲鳴が聞こえる。

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