2026年8月2日日曜日


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前々回、紹介したVIDEOの曲が素晴らしかったので
追っかけたらスラックス・キーギター・プレイヤーは
ジョージ・クォと言う名前だった。
私が知っている、その手の名人はギャビー・パヒヌイ(1921~1980)
で、とっくに亡くなっている。
彼は、スラックス・キーの音色と言い
見事に新しい時代のハワイアンだ。
そのままLPのようにYouTubeを聴き続ければ
見事な”エキゾチックBGM”となるはずだ。

昨夜のディナー
鰹の刺身は、やはりニンニク醤油が私は一番好きだ。
おでんのレトルトは氷を入れて三つ葉も足して"冷やし・おでん"に!
そのスープは白ワインのチェイサーにもなる。
エシャーレットは味噌で。


 

2026年8月1日土曜日

 


【エキゾチックBGM】

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ハワイの1960年代に続き
L.A.のその時代。
私は比較的、早い頃から米国ロケがあったので
此の雰囲気はよく覚えている。
サンセット通りには椰子の木と大きなビルボードが
ビルの上に在って夜になるとジャカランダの香りが
漂っていたものだ。

"チャレンジ・ラム肉!"
メガドンキの肉売場にそんなキャッチーフレーズが
日本人は羊肉が臭いと敬遠してるので此のコピーか?
値段は牛豚より更に安い。
それなら工夫してと昨日から
ニンニクのタレに漬けて置いた。
果たして結果は?全然臭く無い。
野菜も一緒に焼いたが
ラムも"有り"だな。
モッツァレラ・チーズの国産品のレベルが上がって
輸入品と差がなくなって来た。
バジルは相変わらず元気だし、暫くは"カプレーゼ“も出来る。
飲物はドライジンジャーエールとウオッカで
"モスクワの驢馬=モスコーミュール"
ロバに蹴飛ばされた様な気分になるらしいが・・・。

メッセージは此方まで





 

2026年7月31日金曜日

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アンドレ・ザ・・ジャイアント(1946~1993
ブルース・リーの本物は見た事は無いが
アンドレ・ザ・・ジャイアントに私は会った事がある。
ロケで泊まっていたワイキキのホテルの
屋上のプールサイドでマネージャーらしい男と
向かい合ってポーカーをしていた。
まだ幼い金髪の少女が興味深そうに恐る恐る
彼に近付いて行っても彼は知らんぷりしていた。
私も側に行きたかったが我慢してプールの反対側で
帽子を頭に寝ていたら
突然、ガ・シャン!と音がして
その方を見たらアンドレが引っくり返って
彼の座っていた金属製の椅子がペシャンコに成っていた。
マネージャーはケラケラ笑っていたから
彼には良くある事なのだろう。
そのロケの帰り、成田空港で預けたトランクを待っていたら
私の脇を、またアンドレが通っていった。
”山が動く”とは、こういう事を言うのだなと、その時思った。

彼は私と同じ年(1946)にフランスで生まれ
ポーランドとブルガリアのハーフでニックネームは
”大巨人””世界8番目の不思議””人間山脈””一人民族大移動”の
46歳で亡くなっている。

メッセージは此方まで


 

 

【エキゾチカBGM】

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タイトル通り1950年代のハワイを描いた映像が凄い。
それも観光用のそれでは無く、彼らの日常生活を取り上げている。
日系ハワイ移民の物語は此れまでドキュメンタリーや劇映画で
取り上げられているが、これほど細部まで作り込んだ
映像のヴィデオクリップは観た事がない。
私にはCMの仕事でサトウキビ畑を撮りに行った頃が
思い出されて、とても懐かしい。
解説を読むと、制作には、やはりA.I.の助けは借りている様だが
さぞかし時間のかかった事だろう。
しばし1950年台のハワイへ、タイム・トラベル!



昨夜のディナー
ニンニク醤油漬けの鶏の唐揚げ
サラダの合い盛り。
此れを焼酎のホッピー割りから
此の所気に入ってる国産のビーフ・ジャーキーに
トウモロコシのタコス味のスナックはテキーラを少し。

メッセージは此方まで