2012年5月18日金曜日


にっぽん昆虫記
此の処、今村昌平の映画が気になり
TSUTAYAには初期の作品のDVDが無いので
仕方なく浅草に在った此れと「赤い殺意」「神々の深き欲望」
の3本のVHSを借りて宇佐美に持ち帰り観てみた。
もう何度も観た作品だが、改めて、
そのディテールのリアルさに驚かされる。
徹底的なリサーチから作られるというシナリオは
現実が想像を超えると云う定説に
更に意外性というフィクションを交えた今村映画の神髄だ。
ベルリン映画祭で日本人初の主演女優賞を取った左幸子の
身体を張った演技力は素晴らしいというより凄まじい。
そして脇の共演者の贅沢な事。
北林谷枝の東北の産婆と
東京の新興宗教の幹部(裏では売春宿経営)の2役は
多分、殆どの人が気付かないだろう。
北村和夫、長門裕之、春川ますみ、小沢昭一、河津清三郎と
どれも最高の演技を見せている。
それらに現実感を与えているのがカメラ姫田真佐久。
今村は「セットでは自然な風が吹かない」とオール・ロケ。
これに依り、普通では考えも付かないカメラ・アングルが生まれた。
そして、ぶっつけ本番の撮影は周辺の人のリアクションまで巻き込み
昭和の事件史のニュース映像を取り込んだ編集は
まさに現実そのものと成る。
此れはニューベル・ヴァーグの手法と同じだ。
そう日活はフランスより先に”シネマヴェリテ”をやっていたのだ。
石原慎太郎原作の中平康監督の「狂った果実」はゴダールに影響を与え
「勝手にしやがれ」を作らせ、
そのゴダールが米国からオファーされた「俺たちに明日はない」は当初、
日本人の若者の配役で作られる予定だったとか?
まあ監督はアーサー・ペンに代わり”アメリカン・ニューシネマの登場と
なったワケだが、そんな事まで繋がってゆく此の時期の
日活という映画会社の自由さは、フランスを真似た松竹ヌーベル・ヴァーグより
ずっと先に有り、その代表が川島雄三、今村昌平、中平康、蔵原惟繕
と続く流れでもあったのだ。
音楽は黛敏郎、ご詠歌にも似た老婆達の唄に重なる
怪しげな音色の現代音楽は東北の土着的風土を表現して
観客を、おどろおどろした怨念の様に誘い込むが
それを救うのがドラマの節目に左幸子が詠む素っ頓狂な俳句。
”主(ぬし)去りて我ひとり川を眺むる〜”
此れにより此の映画は今村自身が名付けた”重喜劇”と成っているのだ。







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