2025年10月19日日曜日

 


フリーダ・カーロ】について #3
フリーダの人生に大きな影響を与えたのは
肉体的にダメージを与えた病気と大きな事故の苦痛であるが
それを克服しようとする彼女に精神的な苦痛を与えたのが
フリーダの最初の夫であるメキシコはグアナファト生まれの
画家のディエゴ・リベラ。
21歳で奨学金を得てスペインやフランスで絵画を学び
パリはモンパルナスに住みモジリアーニ等と交友を深め
その一方で漁色家として女性画家達との間に
認知しない子供達を作っている。
そんな過去を知らないフリーダがメキシコ共産主義の会で出会い
彼に夢中になり結婚したのは当然の成り行きだったろう。
同じメキシコ共産主義の画家シケイロスと共に民衆のための
壁画運動は世界的なブームとなり
米国のロックフェラーセンターにも壁画を依頼されている。
しかしリベロの女癖の悪さは変わらず不倫を続け、遂には
フリーダの実の妹にまで手を出したのは我慢が出来ず離婚。
それでも1年後に復縁、その後は彼女が亡くなる1954年まで
夫婦であり続けた。
その不思議な関係は他人は理解できないがフリーダとリベラ
お互いの才能と思想は性を超えて認め合ったと言う事だろう。
まあリベラはフリーダが亡くなった翌年、
直ぐ別の女性と再婚しているが・・・。


昨日のディナー
天気の都合で昨日になった
トラック八百屋で購入した鮮度の良い春菊でサラダ。
人参は違うが笹掻きにして干し葡萄とナッツを混ぜた。
パスタはアルデンテに取り寄せの蟹のビスクを載せて。
ワインは気に入っているポルトガルの白。

その春菊、今朝は胡麻和えに。



2025年10月17日金曜日

ピンクのフリーダ・カーロほぼ完成
未だボタンは付けてないが
此方も可成りインパクトの有りそうな。
先に出来た方はトロピカルな植物等で楽しいが
此方はずばりフリーダのメンタルな部分が強くて、それはそれで情熱的。
生地は余裕があるからポケットの柄合わせは左右とも楽勝٩( ᐛ )و
さてボタンをどうするか?


 

【フリーダ・カーロ】について(1907~1954)その2
1925年、フリーダの肉体をバス事故という2度目の受難が襲う。
生死の境を彷徨う重症で又もや3ヶ月もベッドの上の生活を余儀なくされる。
その後遺症で背中と右足の痛みを紛らわせるためにフリーダは
更に絵画に没頭し作品を増やして行く。
通常の生活に戻れるようになると知識人や芸術家と付き合い
メキシコ共産党に入党する。
そこでディエゴ・リベラに絵を見せたところ彼は彼女の作品を絶賛し
二人の距離は縮まり芸儒家同士の深い絆で結ばれ21歳の歳の差にも
関わらず結婚。
フリーダは身体的ハンデを負いながらも美貌に恵まれいたので
巨漢のリベラに、ひとは彼等を”美女と野獣”と噂したという。
リベラはキュビズムの影響を受けたメキシコ民族画家として売れに売れ
本国や米国の建物の壁画を依頼され国内外を旅する様になる。
その間にフリーダは妊娠するも事故の後遺症で流産し、それらの
苦しみを作品として残す。
更に夫リベラがフリーダの妹と不倫し、彼女との関係は破局する。
しかしフリーダも米国滞在中、女性写真家ジョージア・オキーフとの
同性愛が知られている。
彼女は共産主義者であったから当時、ロシアを追われたトロッキー夫妻を
メキシコの自宅に住まわせたが、その間にもトロッキーと不倫関係という
奔放な女性であった。
まさに歴史上の重要人物と肉体で会話し又それを情熱的な色彩や
構図で作品に落とし込むという類稀な芸術家であった訳である。

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Michael Jackson - In the Closet


少しセピアがかった画調だが、
此れもカメラマンはハーブ・リッツ。 
当時、流行したサンタフェ辺りで大掛かりなロケだった筈 
相手役はスーパーモデルのナオミ・キャンベル。
 マイケルのダンスのノリも良くシャープな編集の巧さも讃えたい





 

 

鮭定食

高島屋の北海道展で購入した鮭
特別な製法で燻製してある様に香ばしい。
ご飯は土窯の炊き立てでオコゲ付き。
(別に狙ったわけでは無いが)
糠漬けは古漬けになった。
大根は例によって待乳山聖天様のお下がり。
味噌汁はけんちん汁。
此れも金平牛蒡のお下がり。





2025年10月16日木曜日

 

【フリーダ・カーロ柄の裁断】
彼女の姿をなるべくジャケットに納め様と
表も裏もレイアウトは難しい
幸い前回の端切れが役に立ち
もう1着つまり計3着作れる見通しが立つ。
まったく此の生地とは奇跡の再会!


 


フリーダ・カーロ(1907~1954)
本名は、やたら長く
マクダレーナ・カルメン・フリーダ・カーロ・イ・カルデロン
父はギリエルモ。ハンガリー系ユダヤ人の写真家、母はメキシコ系
ナチスの台頭でユダヤ人弾圧に家族はメキシコへ移住
メキシコで最初の公式写真家として認められるも
今度はメキシコ革命で父親の仕事は無くなり生活は困窮する。
その間にフリーダは6歳で急性灰白髄炎にかかり
9ヶ月の間、寝たきりの生活を余儀なくされる。
この影響で体の部分の成長が止まり足が不自由になる。
そして父が与えた画材で絵を描く様になり
彼女の天性の才能からか独自の世界を表現する様になる。
それは時代的な流行シュールリアリスムの影響もあり
彼女自身をモチーフとすることによって
メキシコの土着的なネィティブ・アートを背景に
彼女の死生観までを描いた特異なジャンルの作品となった。
一方、学んだ国立予科高等学校で
”カチュチャス”というメキシコ社会主義運動に熱中
それが彼女の、その後の人脈にも関わってくる。

彼女の名前と同じで話は長くなるので、取り敢えず前半はここまで

 


錦糸町PARCOのカタヤマで
駄敏丁カットのステーキ!
オプションに牡蠣フライを1個付けた。
此処はイートインで鮮度が良くて安い刺身の和食や中華の店舗も有る。
傍には角打ちも有るので次はディナーかな?


 

2025年10月15日水曜日

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Pet Shop Boys - Being Boring
感の良いかたなら此のシリーズの流れで
此の作品が出てくるのは想像つくだろう。
彼は、ひたすらモノクロームの映像に拘り、
広告写真家としてカルバンクラインの下着の広告で名を馳せ
モダンジャズのチェット・ベイカーの
記録映画などを撮っているブルース・ウェーバー。
その彼を英国の音楽市場最も成功したディオの彼らが
此の曲のイメージを全て任せた様に展開するパーティー世界は
フェデリコ・フェリーニの初期の映画”甘い生活”の様でも有る。
彼らペット・ショップ・ボーイズのヴィデオクリップでありながら
カメラマン、ブルース・ウェーバーの写真集の様な短編映画と成っている。

 


浅草の朝はお赤飯!
豆腐のお吸物
金平牛蒡
糠漬けは好調(^^)



2025年10月14日火曜日

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Wonderful Life - Black
その頃よくコンビを組んでいたカメラマンに勧められて
観た此のヴィデオクリップにハマった。
やはり何度も繰り返し観て、曲をかけた。
歌のテーマは人生讃歌のはずだが
曲調はなぜか哀しい。
昨日のハーブ・リッツと似たような映像
ひょっとしてブルース・ウェーバーか?


 

 

シラス納豆小松菜チャーハン
繋ぎに卵で、味付け無し!
(茹で上げたシラスは結構塩気が強いので)
小松菜を刻んで足したら丁度。
味噌汁は浅利に三つ葉。
前日の浅利半分を身と汁に分けていた。

2025年10月13日月曜日

 

「コールド・ウォー 香港警察 二つの正義」(2012)
その年の香港映画祭の作品賞監督賞主演賞など・・ 総なめにしたという。
その前にレスリー・チャン主演の「上海グランド」(1996)を 観ていたので、
時代設定が違うとはいえ 同じ香港映画で、返還以前と後では
かくもモダンに成るものか?と驚く。
冒頭は米国映画の様な、空撮で捉えた美しい香港の夜景。
”マイアミバイス”か?と見間違える位の早いテンポで話は進む。
パトロール中の警官4人の誘拐事件、その中に香港警視庁副長官の息子が含まれていた。
警視庁内で、その指揮を巡り対立するのが
主人公ラウ 若い頃の中山仁そっくりなアーロン・クォックが演じる。
そして対立するリー副長官にレオン・カーフェイ
(「ラマン愛人」で少女の恋人になった中国人青年だ!)

兎に角、犯人の要求で、身代金の受け渡しに”中山仁”ひとりが
香港中を引き回された挙句に
犯人の狙いは 別のところにあったと・・・(ネタバレ注意)
脚本の意外な展開に観客は脅かされるが、
共同監督のサニー・ルクが美術監督も兼ねているので、
そのITを使った近未来的な香港警察の描写に
香港の今の中国政府の弾圧状態を重ねると、複雑な心境になる。
それでも此の映画は大ヒットして続編・続々編と製作されているらしい。

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Chris Isaak - Wicked Game
クリス・アイザックは、その端正な顔立ちから歌手というより
デヴィッド・リンチやベルトルッチ映画で俳優としてのキャリアを重ねる。
此のヴィデオはファッションカメラマンのハーブ・リッツによるもの。


 

シラスに大根おろし
浅利に三つ葉の味噌汁
納豆には雌株
シラスも納豆もプリン体が多いのだが・・・
これから雨が降るらしい。