ヴァルター・シュピース (1895~1942)
その1
先にバリ島の男声合唱”ケチャ”について書いたが
此のヴァルター・シュピースは、それの”影の仕掛人”だ。
波乱に満ちた彼の生涯は”アラビアのロレンス”に
”タイタニック”を合わせたぐらいドラマチックで
此れまで小説か映画に成らなかったのが不思議だ。
まず、バリを訪れたならば古都ウブドの
奥のジャングルの中に在る”ネカ美術館”を観るが良い。
画家でもあった彼の此の作品は勿論の事
熱帯絵画とも呼ぶべき作品群に魅せられるであろう。
此れ等の作品は殆ど、彼が指導し育てた
現地の画家たちや、その末裔たちの作品なのである。
いや”画家”と云うのは適切でないかも知れない
彼が、此の島を訪れる前まで画家という職業は
存在しなかったのだから。
それらはヒンドゥーの神に捧げられる宗教画に過ぎなかった。
それは御飯や果物を祭壇に供える様に
ごく普通の島民に依って描かれた神への捧げものだったのだ。
同じ様に、ガムラン音楽も芸術ではなく
神へ奉納されていた儀式だったのである。
その音楽や舞踏を、彼は音楽監督としてのセンスで
緻密に再構成し、演出して演劇としたのだ。
それまで島の生活は貧しかったが
徐々に、交通手段が発達し、増えて来た観光客に
島民は、それらの絵画を土産物として売り
儀式を演劇として見せて、興行収入とした。
彼等のアニミズム的な絵画や音楽は
西洋人にも理解出来るアレンジが必要だったのだ。
それは同じドイツ人監督ヴィクター・フォン・プレッセンの
映画「悪魔の島」で”ケチャ”という儀式を
彼がスペクタクルに演出した事は”今日の1曲”に書いた。
彼の絵画の光の捉え方を観れば解る様に
彼は当時のドイツ表現主義派のアーティストである。
そして、映画史上に名を残す表現主義映画
「吸血鬼ノスフェラトゥ」の監督F・W・ムルナウの
彼は愛人であったという説も在る。
つまり画家でありながら映画に詳しく
映像と音楽の相乗効果を良く解っていたのである。
しかし彼は、その事を自分の性癖と同様、公にしていない。
”民俗芸能は作者がわからないほど真実をもたらす”
という理念を基に、それらを昔から在った伝統芸術として
ひたすら裏方に徹した”影の演出家”であった。
それにしても、此処まで、その魅力に取り憑かれ
又、異国の文化に影響を与えた人間は、それほど多く無いだろう。
次回は謎に満ちた彼の人生を、その生い立ちから辿ってみよう。






アニメの「AKIRA」で、「芸能 山城組」が演ずるケチャは、冒頭のシーンをより印象深くするのに役立っていました。一寸ググったら未だに健在の様ですね、グループ。
返信削除彼らは新宿の西口でライブをしたりした
返信削除みたいですね。
高層ビルの麓のケチャはさぞかし
面白かったでしょう。