2014年7月18日金曜日

「とらや」と、その近くの人々
太宰久雄(1923~1998)
彼は「とらや」裏の印刷所の社長を最初から演じた。
近所付き合いで「とらや」に、ちょくちょく現れては
人の良さから、ついつい口が滑り
寅さんを怒らせ「此のタコ!」と殴られ
「何を〜」と取っ組み合いの喧嘩が始まる
お馴染みのパターンを繰り返して笑わせた。
喜劇を得意としながら社会派の監督・山田洋次は
昭和の2度に渡るオイル・ショック、円高不況からバブルまで
その時々の日本の経済状況を
タコ社長の中小企業・印刷所経営で表現し
時には倒産に追い込まれてボヤキ苦しむ経営者の姿を
笑いというオブラートに包んで描いた。
それが出来たのも、声が甲高くて
シリアスなのに、何処か笑ってしまう太宰久雄という、
コミカルな演技が出来る逸材が有っての事だったろう。
映画の印刷所とは違い、彼の生まれは浅草の海苔問屋だが
下町に良く居た、気の短い此の親父は
顔がすぐ真っ赤に成って”タコ”。
渥美清がアドリブで付けた渾名だとか。
見るからに不健康そうな身体そのものの彼は
早くから糖尿病を患っていて
渥美清が亡くなった時も病院にいたらしい。
しかし自分は「葬式無用、弔問供物辞する事」と
「死者が生者を煩わすべからず」の遺言を残したため
彼の死のマスコミの発表は可成り遅れたという。

三崎千恵子(1920~2012)
「とらや」のおいちゃんの女房を演じていた彼女は
豊島区の青果問屋の娘として育ち
東洋高等女学校卒業後は
白木屋のデパート・ガールをしていたらしい。
その後、戦前の松竹演芸部を経て
ムーランルージュから劇団民藝。
新藤兼人・監督の「どぶ」で映画デビュー
山田洋次の映画「霧の旗」に出演したのをキッカケに
TV「男はつらいよ」で演じていた、杉山とく子の代わり
「とらや」のおばちゃん役に抜擢され
その後。亭主役は3度も交代したが彼女は最後まで
おばちゃんを演じ続けた。
シリーズが続く間、下町の女将さんから、おばちゃんへと
雰囲気は変化して行ったが
いつになっても大人に成れない”寅ちゃん”を
母親の様に可愛がり,彼がマドンナに惚れると心配し
振られると毎回、涙して同情する優しさを持っていた。
三崎千恵子に自分の母親を重ねた日本人は多いだろう。
長いキャリアを、人柄から滲み出る自然な演技の
脇役女優として全うし
92歳で老衰の為亡く成っている。

此の様に「とらや」とその周りの人々は
役の上で演じた人物以上に日本人らしさを持っていた。
監督・山田洋次の演出は、演技では無く
その人の生き方から出て来る
自然なものを引き出していたのである。

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