2014年1月12日日曜日

伊福部昭の映画音楽:その5
日本誕生(1959)
此の映画は中学生の時、学校の授業で映画館へ連れてゆかれた。
映画の内容は此のYouTubeで全部解説しているので省くが
とにかく面白かった。
東宝の役者だけでなく当時の演劇俳優や
相撲取りまで総動員したキャスティング
そして「ラドン」の特撮で成功した火山の爆発に
怪獣ものでお得意のヤマタの大蛇と
スペクタクルを盛り込み、古事記、日本書紀の世界を
見事に映像化している。
こうして、改めて見てみると伊福部昭の音楽が
日本の古典音楽の雅楽や旋律を生かして
此の古代のドラマの中核を成していたのを感じる。
彼の経歴を辿ると北海道は釧路生まれ
当時、彼の周りに居たアイヌの文化に強い影響を受けている。
12歳でヴァイオリンを弾き、18歳の北海道大学農学部に在籍中
既に管弦楽部のコンサート・マスターを努めている。
その頃から作曲を始め、数々のクラシックの作品を書いていた天才だ。
先に出した「銀嶺の果て」が映画音楽のデビュー作だが
それ以来、仕事は増え続け
1949年には「静かなる決闘」「ジャコ萬と鉄」を始め9本
1950年には「俺は用心棒」「きけ、わだつみの声」と13本
1951年には「自由学校」「源氏物語」と12本
1952年には「原爆の子」「激流」と10本
1953年には独立プロの「縮図」「蟹工船」等を含めナント16本
「ゴジラ」や「宮本武蔵」の大作を手がける1960年代まで
年間10本以上という現在の映画製作では信じ難い
脅威のハイペースで仕事をしていたのには驚かされる。
今、売れっ子の久石譲でさえ年間5本以上はしていないのに。

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