2014年1月11日土曜日

伊福部昭の映画音楽 その4
ビルマの竪琴(1956)
先に出した東宝の「鬼火」「空の怪獣ラドン」と同じ年に
日活で市川崑が撮った此の作品の音楽も伊福部昭だ。
太平洋戦争終戦間近のビルマ(現在のミャンマー)の戦場
音楽学校出身の隊長の指導で合唱を覚えた小隊に
竪琴の上手な兵隊(水島上等兵)が居て、合唱の伴奏をしていたが
彼が僧侶の姿で敵地に潜り込んでいる内に戦争は終結してしまう。
小隊は全員捕虜と成り、収容所に入れられるが
其処でも合唱する兵隊達の歌を、懐かしそうに聴く僧侶が
部隊をはぐれた水島に似ているという噂が出て
鉄格子の向こうから名前を呼ぶが、彼は答えず消えてしまう。
しばらくして小隊は帰国する事になり
彼らは水島も連れて帰りたいと何度も合唱を続ける。
そこに再び現れた僧侶は合唱に竪琴で伴奏するが
「水島、一緒に日本に帰ろう!」という呼びかけには
答えず、走り去ってしまう。
小隊の帰国間際、収容所の物売りの婆さんに彼が託した手紙が届く。
それには
自分も日本に帰りたい、しかしビルマの国中に
野ざらしに成っている同朋たちの遺骨を弔う為、
僧侶として、その地に留まる決意が書かれていた。

物語自体が歌の好きな兵隊たちの話で
児童唱歌やアイルランド民謡が流れ、
その歌を通じてジャングルの中
敵味方の心が通い、戦闘が回避されるという場面もあり
ヒューマンな音楽映画と思いきや、そんなムードをブチ壊す様に
戦場跡の河岸に累々と横たわる白骨化した死体の山の映像に
伊福部の沈痛なテーマ曲が重く被さり
戦争の悲惨さを静かに、否、激しく訴える
日本映画史上屈指の名作と成った。
後年(1985)市川崑は、自らカラーで再映画化したが
到底、先の作品に遠く及ばない出来であった。
その理由は戦後から、だいぶ経った日本の俳優達に
栄養失調でも規律を守る兵隊役は無理だったのと
市川監督はビルマの紅い土と白骨のコントラストを
狙いたかったようだが、モノクロ映像でこそ描けた
日本人独自の無常観だったのだ。
だから後の音楽を担当した山本直純と、伊福部昭の
それを比較するのは過酷な話だろう。
何せ山本は「男はつらいよ」に音楽を付けてる人だから。

此の作品には後に釈迦をテーマに交響曲を書く、
伊福部の宗教観や歴史観が全て投影された映像と音楽の
運命的な出会いが有ったと私には思える。

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