2014年1月17日金曜日

モスラ(1961)
此の映画については予告編で全部解説しているので
更に書くことは無い。
しかし以前から気になっていた事だが
「ゴジラ」「ラドン」と特撮映画に
音楽を付けていた伊福部昭が何故
此の「モスラ」に起用されなかったのだろう?
何処にも記載されていないので
推察するしか無いが
監督・本多猪四郎は当時人気のあった
双子のザ・ピーナッツの歌を使って
此の巨大な蛾の怪獣にミュージカルの要素を
入れようとした。それで
その頃、東宝の舞台で菊田一夫と組んでミュージカルを
やっていた古関裕而を呼んで来たと思われる。
狙い通りザ・ピーナッツの歌は華やかで
南の島のエキゾチックな世界を作るのに成功した。
(墨を塗った日本人の土人とバリ島風のケチャは笑える)
作曲家が代わっても従来の怪獣映画と、あまり違和感が無いのは
古関裕而は伊福部と背景が似ているのだ。
伊福部より5歳年上の先輩
東北生まれ土着的な旋律やリズムに囲まれて育ち
戦争中は軍歌や校歌を作り、戦後には
「イヨマンテの夜」「黒百合の花」という北海道の
アイヌを題材とした歌謡曲を大ヒットさせている。
「モスラの歌」が”アイヌ風”なのはそのせいだ。
それを歌詞をインドネシア語にして南国風にしたのは
監督とプロデューサーの作戦
(此のYouTubeは中々の力作)
しかし、その後、続けた「モスラ対ゴジラ」の音楽は
再び伊福部に担当は戻り、
彼の得意なメロディで”小美人”ザ・ピーナッツに
「聖なる泉」を歌わせている。
しかし、そのメロディこそ「ビルマの竪琴」から連なる
彼の永遠の主題曲、そのものなのだ。

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