万里昌代(1937~)
日本映画好きの友達に此のシリーズの話をしたら
「万里昌代をやってよ!」と云われ
基本的には”夜空の星”となってしまった人を選んでいるので
(それも大スターでは無い、星屑の様な俳優たちネ)
彼女は、まだ存命だからと思ったが
私が先に星に成るかも知れないので取り上げる事に。
彼女の生まれは満州は大連
戦後、柔道家の父と共に帰国、だから柔道も出来る。
毎日グラフのカヴァー・ガールをしている時
新東宝にスカウトされる。
我々世代しか知らないだろうが三原葉子等が同期だ。
その頃の新東宝はエログロ路線だったから
先の三原と共にグラマー女優として際どい映画に
数多く出演させられる。
しかし新東宝が倒産し大映に移籍
市川雷蔵の「婦系図」のお蔦役で演技派として
イメージチェンジに成功する。
勝新太郎の「座頭市物語」の第一作で
同じ新東宝出身の天地茂と共に
その強い個性が監督・三隅研次に引き出された。
市川雷蔵の「剣」三部作と云われる「斬る」でも
その後、東映でも鶴田浩二の名作「博徒解散式」等で好演し
TV時代劇にもゲスト出演で活躍した。
原節子と小津安二郎の様に
監督によって輝きだす女優が居るが
彼女の場合は、それが三隅研次の作品だった



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