長江哀歌(2006):監督ジャ・ジャンクー
三峡ダムに水没する古都を解体する作業をしている人々を背景に
過去を取り戻そうとする男と、過去を清算しようとしている女の
2つのドラマが同時進行で描かれる。
長江という大河を挟んで丸で空爆にでも遭った様な
破壊中の建物群のスペクタクルな迫力には圧倒されるが
それとは対照的に男も女も寡黙で、内に秘めた想いは口に出さず
映画としての流れは此れを輸入した会社TAPの社長の北野武の作風。
小津安二郎映画の様に静かで、ギリシャ映画の
テオ・アンゲロプロスの様にゆったりしている。
それでも物語に引き込まれるのは、
勿論エキストラの労働者たちに混じった主役ふたりの存在感
素人を使っているのでは無いかと思うほどリアル。
16年前に家を出て行った女房と娘にも
3年も連絡をよこさない夫にも
此の映画、直ぐは合わせない。
観客はイライラしながら主人公たちと同じように
どんよりとした雲と重い長江を見つめるしか無い。
此の監督の作風が変わっているなと思うのは
そのリアリズムが突然、巨大な建物がロケットの様に
噴射して宇宙へ飛んで行く場面や、脇の人々が何の解説明も無しに
京劇のメイクになったりする”遊び”が入る、そんなリズムが
此の映画のアクセントになって、最後まで見入ってしまう。
そして残るのは人間の切なさ哀れさの余韻
ヴェネチア映画祭で金獅子賞を得たのも宜なるかな・・・。
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