2022年1月14日金曜日

私のペルー旅行 その2

前回クスコに、どうやって行ったか記憶ないと書いたが
ペルーに来たなら”ナスカの地上絵”を観なくてはと
日帰り観光のセスナ機に乗っていたのを思い出した。
日帰りツアーのセスナ機でリマから出発
果たして其処は砂漠の真ん中、オンボロ飛行場
オマケにガイドが、サービスと古代の墓場まで案内した。
墓場と言っても墓標などほとんど建っていなく
剥き出しの白骨が無造作に置かれていてゾッとした。
それから地上を飛び立ったセスナ機から観たナスカの地上絵は
想像したものとは、だいぶ違う小さなものばかり。
これなら小学生がグランドに簡単に作れる
私が勝手にイメージを大きく膨らませていたんだ。
そりより、剥き出しの白骨たちに
此れから先の旅のイヤーな予感を感じた。

そんな訳でクスコに着いたものトランクが無いから、
下着も何も着替えが出来ない。
ペルーは南半球、此の時期は真夏・・・といえども
クスコは富士山よりも高い標高3400mの街。
夜になると冷えるからと下着を買いに街に出る。
その頃のペルーは”危険な国”に入っていた。
だから日本人観光客が少なかったのだ。
日本の旅行会社の人がくれぐれも気を付けてと言ってた。
そんな事も忘れて賑やかな大通りより
裏通り方が普段着は見つかり易いと
インカ帝国が築き上げた石造りの高い塀に沿って歩くと
観光用でないよろず屋みたいな店があった。
これも今思えばだが、航空会社に請求すれば
保険が下りた筈なのだが、手持ちの現金でやりくりしようと
安い下着やトレーナーを揃えた。
ずっと同じ服を着ていたから体が匂う様な気がしてね。
それと、当時出たばかりのヴィデオカメラHi-8はトランクに
入れたままだったから、何か旅を記録するものが欲しいと
スケッチブックと色鉛筆を買った。
まあ、これがその後、コンテ以外に描く事のなかった
絵を描く楽しみを私に目覚めさせるきっかけとなった。
流石にフォルクローレの本場の街クスコは、どのレストランも
バンドが入り、街中フォルクローレだらけで
土着的な、それを期待した私の耳には皆同じ様に聴こえた。
レストランのメニューは良く分からなかったが
”セビーチェ”という魚の刺身と玉葱のスライスにレモンを絞ったやつが
気に入って、その後もずっとそれとビールばかり飲んでいた。

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