忘れ得ぬ店 その4「うまいち」パート1
此の店の名は最初の店が馬道通りの一丁目に在ったから。
浅草を知る人には江戸前で有名な弁天山美家古鮨の2軒隣りと言えば分かるか?
仕事帰りの家に戻る途中、何とも香ばしい匂いの此の店に引き寄せられたのが最初。
それがホルモンという俗にして贅沢な食べ物と私の出会いだった。
それを焼いていたのはオーナーのM氏。
はじめての人は面食らう愛想の無さ、まず直ぐは焼かない。
勿体ぶっているようにさえ感じる。
大概の人は、その態度に腹を立て、二度と来るか!という気になる。
それでも一度その店のホルモン、特に部位、テッポーを口にした途端、
オッと驚き、病み付きに、つまり虜になったら、
何んでも彼の言うがまま客は、ひたすら餌を待つ子犬の様になってしまうのだ。
そのテッポーの焼き方の柔らかさ加減と言ったら、
もう彼はホルモン焼きの名人というか、
ホルモン教の教祖様に見えて来るのだ。
そして、それを求めて三度も店に通えば
"あんたテッポーの味が分かるんだね"と言わんばかりに彼は話しかけて来る。
テッポーは一人4本、1日限定5人まで、早いもの勝ち。
シロという腸の中から特別柔らかな部分が選ばれている。
もちろんシロをタレや塩で焼いたのも旨いが、
テッポーは特別貴重な部位なのだ。
店はカウンターだけで狭いから、彼と顔を突き合わせない訳には行かない。
そんな間柄になって聞いた話だが、
その昔、彼はやたらモテて女房以外に三人くらい愛人を囲っていたそうな。
それぞれにクラブ、キャバレー、BARと店を遣らせるくらい
羽振りが良かったと自慢するその顔には、
確かに男の色気の様な面影が、微かに残っていた。
それにその頃、店には場違いな黒いミンク擬きのコートを着た
S江という女性が時々現れた。
彼女は時々コートを脱ぎ、割烹着で皿を洗ったりして手伝っていたが、
たったいま人を食って来たばかりの様な真っ赤な口紅が
下町のホルモン焼きの店では相当浮いていた。
店は通りに面したビル三階建だったので
夏の終わりのサンバカーニバルのパレードを、
その2人と一緒に3階の窓から覗かせてもらった事もあった。
しかし、そこには男と女の腐れ縁の様な臭いが漂っていて
とても気まずかったのを覚えている。
どうやら彼は彼女に借金をしているらしかった。
そうこうする内に、ある日突然、何の挨拶も無しに、
店のシャッターは開かなくなった。
此の店の話しは長くなるのでパート2に続く。
此の店の話しは長くなるのでパート2に続く。
0 件のコメント:
コメントを投稿