2013年5月18日土曜日

かくも長き不在
此の映画をマイ・ベスト-10に入れる映画ファンは多い。
1961年のカンヌ映画祭パルムドールに輝いた作品だ。
監督のアンリ・コルピはアラン・レネの「去年マリエンバードで」等の
編集者としてヌーベル・ヴァーグ運動を裏で支えた職人だが
その彼がアンチ・ロマンの小説家マルグリット・デュラスの脚本を得て
満を持して演出した映画が此れ。

戦争中ゲシュタポに連れ去られ、
行方不明になった夫の帰りを待つ、カフェの女主人が
毎日,店の前を通る浮浪者の容貌が、あまりにも夫と似ているので
或る夜、店に招き,食事と酒を与え、一緒にダンスを踊り
手に触れた、その男の頭の傷で記憶喪失が解り
自分の夫である事を確信するが、翌日
その男の住処を尋ねると、その男は消えて居たという哀しい話。

その女主人を演じたのがアリダ・ヴァリ。
ヒッチコックの「パラダイン夫人の恋」、キャロル・リードの「第三の男」
アントニオーニの「さすらい」、ヴィスコンティの「夏の嵐」と
映画史上に残る数々の名作のヒロインを演じた大女優。
その熱い想いを胸に秘めた迫真の演技が
反戦映画として、静かだが、やるせない怒りを伝える。

心と身体に傷を持つ浮浪者を演じたのはジョルジュ・ウイルソン。
デビューは遅いが此の映画の無垢な演技は高く評価された。
私の記憶に間違いが無ければ「マルセルの城」で
主人公の家族を助ける城の門番役も素晴らしかった。
最近は息子のランベール・ウイルソンが
ユニークな風貌を生かして
「マトリックス」シリーズや「華麗なるアリバイ」と活躍している。

しかし此の映画の、もう1人の主役は音楽。
トリフォー映画に欠かせない作曲家ジョルジュ・ドルリューの
シャンソン”3つの小さな音符”の効果的なワルツの使い方は
まさに人生の悲哀をリフレインさせて切ない。
彼はオリジナル・スコアも、イタリアのモリコーネと双璧の
美しいメロディを書くが、オリーバー・ストーンの「プラトーン」で
サミュエル・バーバーの”アダージョ”の使用法など
映像と音楽を相乗効果を知り尽くした本当のマエストロだ。

監督アンリ・コルピは此の映画以降恵まれず
目立つ様な作品は残していない。
監督・山田洋次が少し前、NHKのインタビューに
カンヌ映画祭の会場で、しょんぼりしている彼を発見し,駆け寄り
”貴方の映画「かくも長き不在」が大好きです!”と伝えたら
彼は山田の手を離さず、涙を流して喜んでくれたという話には私も泣けた。



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