2025年10月25日土曜日

 【浅草ソース焼そば考】
昨夜、TVで「船越英一郎の昭和再生ファクトリー」で
なぎら健壱が銀座線地下鉄入口で旨そうに食べていた。
此の焼きそばのコツはキャベツを入れるタイミング。
生のキャベツで焼きそばの脂こさがアッサリと仕上がるのだ。
此れは以前うちの近くにあった捕鯨船の主に教わった。
その捕鯨船の主によると”浅草を復興させたのは、なぎら健壱だ!”と
彼はTVの番組で古くから上野から吉原まで台東区全域、
下町の良さを紹介した。
中でも伝法院通りから花やしきに抜ける通りは
彼の縄張りのように、それを”ホッピー通り"と
そして、それが別名"なぎら通り"と成った。
今や昼から老若男女呑んべいで、ごった返し
その向かい合わせた店の客引きが
江戸時代の宿場町の様でチャリでは通れない程。
だいぶ前に六区の街灯には浅草に所縁のある
エノケン、ロッパとコメディアンの顔が付けられたが
何故か、其処にフォーク歌手のなぎら健壱が雑って居る(笑)
それは元芸人で北野武に”兄さん”と呼ばれる捕鯨船の主の押しだろう。
それは兎も角、私が小沢昭一の著書・浅草案内に誘われて
住まいを移した頃(50年以上前)浅草は寂れて
浅草寺境内には、おでんの屋台が2つも出ていて酒が飲めたが
六区の通りは夕方6時になると灯が消えていた。
それに比べると今はインバウンドで毎日お祭り騒ぎ。
まぁ寂れているより、それはそれで良いのだが・・・。

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