シリーズ”私の青空” #9
私の青空:榎本健一
浅草六区の通りに喜劇人の顔を記した街灯があるがその一番に彼は居る。
兎にも角にも戦前戦後と大活躍した日本の喜劇王である。
昨日の二村定一と二人座長で”ピエルブリヤント”立ち上げたのは
彼のデビューがビゼーの「カルメン」のコーラスが初舞台だったから
お互いに歌手としての才能を認め合っての事、此の歌はその頃だ。
デキシーランド・スタイルのアレンジは今聴いても新鮮
コメディアンとしての才能は彼の方があったらしく
古川ロッパなどと”笑の王国”と発展し、戦前の日本国民の笑いを取った。
映画にも転進し、山本嘉次郎監督と組んで
”エノケンのちゃっきり金太”エノケンの法界坊”とシリーズはことごとくヒット。
戦後も舞台で活躍し、TVの時代になると
渡辺のジュースの素、サンヨーカラーテレビとCMソングを歌った。
後年、脱疽という足の病気で片足を失うも、その喜劇人精神で
車椅子で登場したが観客の笑いは同情したなかったのが切ない。
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