ジョン・レノン・ニューヨーク
12月8日の命日に合わせてBSでオンエアされた
此のドキュメンタリーは実に良く出来ていた。
ビートルズ以降の彼のアルバムに沿って
そのレコーデイング・メンバー達の証言や
当人の声を集めての構成・・・と云えば平凡に思えるが
処どころにMTVのタイトルの様なアニメーションを使い
斬新な展開で飽きさせない。
クレジットで特別協力となっていた妻のヨーコの
インタビューが、流石に多いが
その彼女は当時、英国のマスコミに
ビートルズを解散させた女としてバッシングされていた。
かく言う私も小林克也のDJ番組のゲストに呼ばれた時
”あの女がジョンを駄目にしましたね”と
言い切ったのを覚えている。
しかし、レノンはヨーコを庇(かば)う為
ロンドンを離れニューヨークに移住した。
その街は、元ビートルズの男を”ジョン・レノン”という
別の男に生まれ変わらせたのだ。
その鍵を握っていたのはオノ・ヨーコ。
旧財閥の娘で、前衛作曲家・一柳慧と結婚し離婚
海外で当時流行の”ハプニスト”として
ニューヨーク・ロンドンを行き来した自称芸術家
既にN.Yのアート・シーンに
奇をてらった過激な行動で参加していた。
同じ日本人の我々から見て、どう贔屓に見ても
美人と云えない彼女に、全てを委ね託したジョンは
彼女の何処に魅力を感じていたのかは、未だに解らないが
彼女に影響され政治に感心を持ち
C.I..Aに睨まれ脅かされながらの反戦運動を始める
それは”オリバー・ストーンのアメリカ現代史”にも
登場した公然の事実だ。
そして彼女との間に生まれた子供
ショーンの育児は彼が自ら望んだとは云え
一度は”ビートルズ”として成功した男とは思えない
専業主夫の姿だ。
ジョン・レノンは何故?の答えは
彼が当時発表した曲の歌詞を聴けば全て理解出来る。
”ジェラス・ガイ””ウーマン””ビューティフル・ボーイ”と
何れの曲も”愛”をテーマに選び
ヨーコを女神として、僕(しもべ)の様に崇め、
息子ショーンを天使として愛(いと)おしみ
地上に楽園を見付けたかの如く
無心に幸せを噛み締めていた感がある。
しかし、それも彼のファンだという狂人の銃弾によって
あっけなく終焉を迎えた訳だが・・・。
此のドキュメンタリーで、その半生を振り返ってみると
彼は、その儚(はかな)い自分の命を、悟っていたかの様に思える。
だから、ひたすら平和に拘(こだわ)り
心の安らぎを求め、時代を生き急いだのかも知れない。
残された数々の彼の歌は
美しく気高い夢に溢れている。
それが何時までも私たちの胸を打つのだ。


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