2014年4月27日日曜日

ルイ・マルの世界
前回のルネ・クレマンと何となく名前が似てるので
昔は同じ人と勘違いしていたが
此のルイ・マルの方が後輩。
彼はブルジョワの息子で
早くから映画作りを趣味で楽しんで
有名なイブ・クストーの「沈黙の世界」等に参加していた。
彼を有名にしたのは何と言っても
自主制作の「死刑台のエレベーター」
クストーの記録映画で培った撮影法は
後に”シネマ・ヴェリテ”という名前で
ヌーベル・ヴァーグ映画の定番スタイルと成った。
ルネ・クレマンと同じでジャンルは
スリラー、喜劇、恋愛物と幅広く
此の下に再添付した「ルシアンの青春」は
フランス映画の傑作の1つだ。
当時の人気女優ブリジット・バルドーとジャンヌ・モローを
共演させたミュージカル西部劇「ビバ・マリア」の
米国ロケで掴んだ足がかりを基に
彼は映画人生の中盤を米国に求め
「アラモベイ」「プリティ・ベイビー」等を
得意の英語力で監督した。
その英語力は恋愛でも役立ったらしく
大女優キャンディス・バーゲンを3番目の妻に迎えた。
(キャンディスも映画「パリのめぐり逢い」で仏語は出来たが)
その後、拠点をフランスに戻し
自分の子供時代の記憶をもとに「さよなら子供たち」を作り
それがヴェネチア国際映画祭で金獅子賞、
フランスでもセザール作品賞を取った時の
彼の妻キャンディスの嬉し涙は美しかった。
年老いても「「五月のミル」「ダメージ」と続けて
名作を撮り、彼の底力を感じさせた。

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