2014年7月4日金曜日

アメリカン・ビューティー(1999)
先の「ラスベガスをぶっつぶせ」で
俳優ケヴィン・スペイシーの存在感を見せつけられたが
彼がアカデミー主演賞を取った此の作品を見逃していた。
イギリスの監督サム・メンデスのデビュー作。
「真夜中のカウボーイ」の監督ジョン・シュレジンジャーしかり
「ハイ・フィデリティ」のスティーブン・フリアーズしかり
外から来た英国の監督がアメリカ社会を撮ると
超辛口の米国文明批評映画が出来るのが面白い。
此れも例外ではなく全く新しい切り口のホーム・ドラマだ。

話は飛ぶが、その昔、寺山修司が主宰していた
劇団・天井桟敷の団員に彼が「何処でも良いから1家族を
徹底的に観察し、そのレポートを提出せよ!」
という宿題を出したという。
必ず、見かけとは違う部分が、
どの家族にも有るはずだからと・・・。
”日常性の中に潜む非日常的なるもの”
それこそ劇的なるものと劇団員に教えたかったのだろう。
(まあ、覗かれた家庭はエライ迷惑な話だろうが)
しかし此れで最初に警察に”のぞき”現行犯で捕まったのは
寺山修司、本人だった(笑)

此の映画は、それと同じ”のぞき”から見えて来る
日常性の中に潜む狂気を描いたもの。
一見、普通に見える高級住宅地の隣りの家を
密かにヴィデオで撮影している変質的青年が狂言回し。
そのカメラに写ったのは
ケビン・スペイシー演じるエリート会社員と
アネット・ベニング演じる不動産業を営む妻に、若い1人娘。
倦怠期の夫婦と反抗期の娘の会話の無い家庭は
何処にでも良く有る風景、それでも、それぞれ幸せなのだと。
その娘の同級生に、ある日ケビン・スペイシーが一目惚れした。
それまでのヤル気のない彼の人生が突然バラ色に染まる。
題名の”アメリカン・ビューティー”とは、此のバラの品種名。
その彼女を妄想で深紅のバラの風呂に入れるケビン。
その娘の同級生役ミーナ・スバーリの”ロリータ”ぶりも見事。
画面を圧倒する紅いバラの洪水を象徴的に見せる演出は
ラストの惨劇、血の紅さへの伏線だろう。
とにかくケビン・スペイシーの演技が凄い。
最近は演技過剰の嫌いの有る彼だが、此れでは
自然な表情を監督サム・メンデスに上手に引き出されている。
だから、その年のアカデミー賞は
監督賞、主演賞、脚本賞、撮影賞と総なめ。
何と云ってもアラン・ポールの脚本の出来が良い。
緻密に組み立てられたオリジナル・シナリオは
妻の不倫、そして覗きカメラ青年の娘との恋へと発展。
その青年の父を怪優クリス・クーパーが演じ
極右軍人ながら秘密を持ち、息子を執拗に厳格に扱う。
彼等の関係は先に進むにつれ、どんどん縺れて絡み合い
幸せそうに映った二つの家庭は鏡が割れた様にバラバラ崩壊する。
まったく先の読めない脚本と演出に脱帽。
ホーム・ドラマが、サスペンス映画へと見事に変貌する。
でも只のサスペンス映画と違うのは
登場人物それぞれの夢や愛をキッチリ描いている処
だから終盤に向かって一気に畳み込まれ
暴発するエンディングに、どこか哀しみの余韻が漂う。
青年が撮った、一見何気ないビニール袋が
つむじ風に、ゆっくり舞う映像と
すべてのものから解放されて自由だ!と
慢心の笑みを浮かべて紅く血に染まるケビン・スペイシー。
文明の進んだ現代アメリカ社会ゆえの”歪み”を告発した
こんなネガティブな作品が、アカデミー賞と云うカタチで
正当に評価される国が不思議で成らない。

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