追悼・中村勘三郎
中村勘三郎が逝ってしまった。
彼の存在は日本演劇界にとって、途轍も無く大きかった事に
これから人々は気づき,その偉業を後世長く語り継ぐだろう。
私は歌舞伎に詳しくは無いから、その本業の歌舞伎芸については
話す事は出来ないが,俳優としての彼の事は云える。
私が最初に彼に注目したのは此のTVドラマ「森の石松」だ。
森の石松と云えば彼の叔父さんに当たる東映の中村錦之助の
映画「遠州・森の石松」(1958)
此れを私は子供の頃、観て錦ちゃんの格好良さに痺れたものだ。
それから34年後
彼が石松を演じた此の作品に私は前作以上に心を揺さぶられた。
その頃、まだ彼は中村勘九郎、若く身体の切れも良く、絶好調、
馬鹿で、お人好しの石松にピッタリ。
それを溢れる感情を持て余さんばかりに演じている。
それを支える共演者も火野正平、岸辺一徳、柄本明と
(自転車で全国を走っている火野は別として)
今やTVドラマに欠かせない名傍役に成長した俳優ばかり。
そのアンサンブルを仕切ったのは井上昭・監督。
大映で溝口健二、森一生、吉村公三郎の助監督を経て
プロブラム・ピクチャーの2・3番手として「座頭市」や
「眠狂四郎」そして「陸軍中野学校」のシリーズを撮っていた人だ。
その大映を退社した後のTVドラマの作品も失礼ながら
私の記憶に残るものは無かったが、此の作品は違っている。
まさに”化けた!”としか言いようの無いほどの高い完成度。
画面の隅々まで丁寧に撮られた日本の原風景は
北斎や広重の浮世絵を思い起こさせる美しさ。
その画面から、はみ出さんばかりの勘九郎の躍動感には
観ていて圧倒されてしまった。
脚本も良いのだ。此の後、久世光彦と組んで向田邦子ドラマを
継いでいた金子成人の其れが
次郎長が生きていた時代(封建制度の末期)幕末の
地方の若いヤクザたちの青春を見事に書き込んでいる。
所謂、通常の時代劇に出て来るヤクザとは違い、貧乏な生活から
ドロップアウトした彼らだから、身なりは見窄らしく汚い。
でも、それが又リアルで説得力がある。
話は有名な”金比羅宮への代参”の件(くだり)、
石松が親分・次郎長の亡妻の香典を狙った
都田の吉兵衛に騙し打ちに合い惨殺されるというものだ。
金子のシナリオは、それまで経緯(いきさつ)を丁寧に織り込み
石松の無念さを盛り上げて巧みだ。
此の敵役を石橋蓮司が人間味たっぷりに演じて、やたら憎くらしい。
観音堂の前の大立ち回りも大掛かりで池を使った水しぶきに
雨を降らせ雷まで落とす演出は土佐の絵金の様に凄惨だが見応えがある。
見応えといえば、もう一つ、浪曲でも有名な場面
金比羅船の上の乗客の江戸っ子と石松のやり取り。
「江戸っ子だってねえ」「神田の生まれよ」「寿司食いねえ!」
此の江戸っ子役が故・古今亭しん朝。
浪曲で、お馴染みのタンカの良いセリフ回しとやり取りは
夭折の落語の名人の至芸をたっぷり楽しめて嬉しい限り。
今や、もう彼らは、どちらも居ないと思ったら
笑いながら、涙が出て来た。
人を驚かせ、楽しませるのが好きだった勘九郎は此の作品に
四国の金丸座を使い、石松が芝居小屋に行ったという”遊び”を入れ
まだ当時、チビの勘太郎(今の勘九郎)と一緒に「先代萩」を演じている。
その後ろには中村屋の弟子(現在92歳)の中村小山三まで観られる。
それに彼の実姉・波野久里子が瀕死の石松を匿(かくま)う
兄弟分の女房を演じ、又、此の場面の彼女の台詞回しが素晴らしい。
他にも義理の弟・橋之助と中村屋総出演。
とにかく、それまで市川雷蔵,勝新太郎の御用監督として
燻(くすぶ)っていた監督・井上昭の才能が
勘九郎との運命的な出会いで一気に開花した感が有る。
浜の白波、季節を映す野花、夕陽に漂う詩情は
大映黄金期の映像のそれ、日本人独自の感性の極み
井上昭の代表作が、此の時,完成したのだ。
そう、十八代目・中村勘三郎は、そう云う俳優だったのだ。
彼の云うようも無い役者魂に引きずられ
周りの者(スタッフ、キャスト)が、観るものを感動させたいという
1つの目標に向かって突き進む、テンションの高い現場を作り出す
そんなオーラを持った俳優は、そんなに居ない、
勝新太郎、緒形拳、森光子とどんどん消えて行く。
今頃、あの世で
「そんなに勘三郎って云うのは偉えのかい?」
「そりゃ、偉えのなんのって」「江戸っ子だってね」
「神田の生まれよ」「寿司食いね〜」と
やってるかな?
中村勘三郎、、残念です。森の石松、見てみます。
返信削除小沢昭一さんも亡くなりましたね、、
昭和が、遠くなるような、、
小沢昭一は川島雄三の映画で光ってましたましたね。
返信削除その弟子の今村昌平作品でも活躍しましたが
「にっぽん昆虫記」の春川ますみのオンリーの
亭主で子供を背負ってウロウロしてる朝鮮人役が
ハマってました。
私が40年前、浅草に引っ越したのは彼の著書
「浅草ぐるめガイド」を読んだのがきっかけです。
(合掌)