2012年8月9日木曜日

帽子(TVドラマ)
人は、”あのとき、ああしていれば・・・”と後悔する事がある。
それは忘れてしまう程、昔の事でも、ふと想いだし
気に成って、仕方なくなる。
この作品の主人公、ひとり暮らしの年老いた帽子職人もそうだ。
その主人公を演ずるのが、当時、肝臓癌と戦っていたはずの
緒形拳。
流石に病魔に蝕まれた容貌の衰えは隠せないが
頑固親父を気丈に演じ、時に少年の様な無邪気な
微笑みすら浮かべて可愛いらしい。
此の惚けた老人の面倒を見ているセキュリテイ会社の
若いガードマンが見回りに来て、落として行った手紙を拾い、
一緒に入っていた写真で、老人の若い頃、隣りに住んでいた娘が
実はガードマンの母親で、その文面には余命2ヶ月と書いてあり、
その手紙を渡しても無視するガードマンに
彼と母親との確執を知る。

表向き、老人は、東京の息子夫婦の処に連れて行ってくれという理由で
ガードマンに新幹線の切符を与え、彼を母親に会わせようとする。
しかし本当の理由は
自分の”あのとき、ああしてれば・・・”も確かめに行くのだ。

その母親は広島の原子爆弾の胎内被爆者
それで娘の頃、彼女は身体が弱く、隣りに居た主人公が
背負って学校へ行かせる等、面倒をみていたという訳。
お互いに恋心を持っていながら、何故か結ばれず離ればなれに。
彼女は結婚したものの、胎内被爆ゆえ姑達に差別され
子供を取り上げられ、嫁ぎ先を追い出されていた。
それをガードマンの若者は、母に捨てられたと
恨んでいるのだ。

その母親も今は再婚して東京郊外のクリーニング屋の女房となり
(この幸薄い女を田中裕子が、けなげに演じる)
病にもかかわらず、まだ働いているのを訪ねた主人公は
”あのとき、ああしてれば・・・”を打ち明ける。
彼女も”あのとき、そうしてくれれば・・・”
と、その頃、彼に貰った”小さな帽子”を見せる。

でも、それはそれ、今は幸せよと彼女は答える。
長い年月、互いに相手の事を想いながら生きて来て
それも運命だったと、お互いに受け入れるしか無いのだ。

久しぶりに再会した男女、そして母と息子は
それぞれ元の生活に戻るが、母親は医者の診断通り2ヶ月後に死ぬ。
それでも淡々と帽子を作り続ける老人に、今は後悔という気持ちは無い。

名優とは凄いものだ。自分の衰えた肉体
(緒形拳の頬のこけ具合に歩き方、田中裕子の頬や腰のたるみ)
まで計算していると思える2人の演技はリアルで
物語を超えた彼らのキャリアが”人の世の儚さ”を感じさせる。

年々語られる事が少なくなって来た原爆投下の悲劇を
胎内被爆者が、まだ懸命に生きているという現実で
声高(こえだか)にでは無く、静かに訴えた此の作品は
NHK広島放送局70周年を記念して制作された。
脚本を広島出身の池端俊策が書き、NHKの黒崎博が演出して
その年(2008)の文化庁芸術祭テレビドラマ部門の優秀賞に輝いている。

緒形拳は此の作品が放送された2ヶ月後に亡くなったと云う。

此のサイトは基本的に映画の感想を書いているが
先の久世光彦の作品の様にTVドラマも良いものは良い!と出してしまう。
たとえ再放送でも再々放送でも。





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